2011年05月01日

あるから使うんだね

省電力・省エネが叫ばれている中、

とある企業の電気消費量をなんと半分にすることができたと報道されていた。

なんでも、蛍光灯を半分しか点けないのは当然のこと、エアコンをやめて窓を開ける、
使わない電気はひたすら消す・・・と言ったことを行った結果だとか。


半分って。すごくない?


というか、そもそもお店や会社などでの電気の使い方は以前からかなり気になっていた
ところだ。
外気と殆ど変らないのに動いているエアコン、誰もいない場所で明明と点いている電灯・・・。

自宅では皆それぞれ気をつけるのに、お店や会社など、自宅以外の場所になると途端に
浪費し始める不思議。


今お店では、ほうきやちりとり、便座カバーなど、今まで電気を使っていたものを
やめた代わりのものが売れているらしい。


いいこと、いいことわーい(嬉しい顔)


税金もそうだけど、人間、いくらでもあると思えばついつい湯水のように使ってしまうらしい。
それが自分のオナカが傷まないなら、余計。

震災は大変な出来事だったし、今も現状は改善できていないが・・・

それでも、これまで改善できていなかったことがいとも簡単にできるようになったり、
意識が変わったきっかけになったと思う。


それにしては、やはり犠牲が大きすぎるけれど。
タグ:省エネ

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posted by うり at 19:48 | Comment(5) | TrackBack(1) | ニュースに一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
無意識に惰性で生活していくことと、常に意識的に生活していくことの差異は実はとても大きいと思います。

意識することで、脳内が活性化していくから。

脳内が活性化すれば、そこから様々なインスピレーションも涌いてくると思うんですよね。(笑)

あと、これは関係ないかもしれませんが、パソコンに慣れてしまうと、手書きで文字を書くことがどんどん困難になっていく。
手書きで文字を書くという行為も、やはり脳内を活性化させていくと思うんですよね。当たり前か!! (笑)

一文字、一文字、丁寧に力を込めて書くことは、とても集中力を伴うんですね。たった数行の文字を記すだけで、手首が物凄く疲労するんですよ!!

それってたぶん良い事。

慣れてしまうのが一番怖い。

そんなふうに常に緊張感を抱いて生活したいと改めて思いました。


そうすれば・・・

いまこの瞬間をとても愛おしく思えるようになるはずだから。

この瞬間って、実は物凄い奇跡の連続なんですよね。(笑)
Posted by riamn at 2011年05月03日 21:02
riamnさん

>無意識に惰性で生活していくことと、常に意識的に生活していくことの差異は実はとても大きいと思います。

私もそう思います。また、それに気づいていることと気づかないでいることの違いもね。

手書きの文字・・・。
まさに、私も文字を書いてないですねー。
で、久々に書くとすぐに手が疲れる(^_^;)

これもまた、パソコンがあるから使っちゃうわけで・・・なければ全て手書き・手計算になるんですね。
そんな気持ちで、過ごすのも大事かも。


>この瞬間って、実は物凄い奇跡の連続なんですよね。

そうですね。
凄い絶妙のバランスで成り立ってると思う。
私は、一人一人がそれぞれ持っているあみだくじの選択の結果が重なってると思ってます(^_^;)
Posted by うり at 2011年05月04日 22:21
西から東には周波数の違いで百万h強しか送る事ができないけど、関西側でも、節電すると日本全体の消費量は減るので、燃料調達という意味で関東・東北方面を支援する事になるそうです。特にガソリンを買いだめしないとか、車の利用を減らすというのもいいそうです。

人間、やはり楽をしたいし便利なのがいいので、あれば使ってしまう。でも日本みたいにいつも電機や水が使えて24時間開いてるお店がたくさんあって、商品がいつも豊富にあって…というのは実は珍しいのですよね。贅沢になる程、人はわがままにもなるし打たれ弱くなります。

節制するのが難しい環境だし、それに慣れてしまっている。でも、なければ使わない=必要ではない、というものが実は多いですよね…。

ただ、お店などが照明を落とすの、好評みたいですね。今までギラギラしてて疲れてたとかいう声もあるみたいで。日本は本来、文化的にも少ない照明で陰影のある生活をしてたはずだけど、経済成長の中で、『明るい=景気が良い、豊か』というイメージを持ってしまったのか。ただこれは現在のアジア特有のものみたいなので何なんでしょうね。看板がそこら中にあって、眩しくて騒々しくて…。そういうのってストレスがたまるはずなのに。

あと、スペイン思想研究者の佐々木さんという方のブログがあります。南相馬市に家族で残っている方です。

■東京新聞3月22日付記事
ttp://ameblo.jp/sepharad/image-10838024135-11119596168.html

ブログの抜粋

>何号機の冷却水が減ったとか減らないとか、何号機の何とかが破損しているか破損していないか、などに一喜一憂していたらこちらの身が持たない。

>応援メッセージが連日のようにテレビから流れてくる、日本の強さは団結力だ、と。
そう、平常時や復興時にチーム力は物言うであろう。しかし災害襲来のような非常時には、団結力より、個人の判断力・実行力こそが物をいう。たしか以前も使った喩えで申し訳ないが、災害時は本隊から取り残されたプラトーン、小隊と同じ状況である。つまり小隊長、いや時には班長、時には正に一兵士の判断力と実行力だけが頼りとなる
。ttp://monodialogos.fuji-teivo.com/archives/3374
Posted by みけ at 2011年05月05日 20:49
日々の報道を眺めていると、被災した現場で暮らしている人間と、被災していない地域で暮らしている人間との間の温度差? が凄く気になります。
被災者の現実こそが正義で、それを体で理解できない者たちは、悪みたいな風潮がいつのまにか醸成されてしまう。
あるニュースでは、津波に依って兄弟家族を一遍に失ってしまった人が抱える現実を懸命にリポートしていた。
まるで視聴者に対して、この苛酷な現実を共有しろと迫られているような強迫観念に覆われてしまいそうになる。
「もう、悲しみは充分だ!!」などという論理はきっと通用しないのだろう。


でも・・・どんなに懸命に寄り添おうと努力しても、安全な居場所でぬくぬくと生活している自分自身が、被災者の抱える悲しみを共有することは、やはり不可能だ。


そこで、また引き裂かれてしまう。
なにが善で、なにが悪なのか?
なにが正しくて、なにが間違いなのか?


唯一、その温度差を埋める方法があるとしたら、

それはどれだけ長く掛かるとしても、経済の循環を活発に促す方策を政府に促し、我々自身が普段の生活の中で日々実践して実現することだ。


それしか・・・僕には考えられませんでした。


それこそが唯一の誠実の証だと思います。

やっぱり・・・そんな僕は相当!! 屈折してますよね。(笑)

Posted by riamn at 2011年05月05日 21:23
みけさん

そうですね、特に日本の家屋はその明りの加減ですごく雰囲気が変わるというか・・・。
こういうことに最近、注目されているみたいです。
私も明りの陰影とか好きだったし、そういうのにいちいちうっとり^^してたはずが、いつの間にか忘れていました。


紹介された方のブログ、面白いですね。
もっとゆっくり記事を読みたいです。

確かに、今回の報道を見ていると小さな集落がいくつも出来ていて、そこでの統率が取れているかがカギになっている気がします。
そういう意味でも、町内でのまとまりって大切だったんだなと思いましたねー。


riamnさん

>被災した現場で暮らしている人間と、被災していない地域で暮らしている人間との間の温度差?

そうですね、それはあります。
人ってどこか不幸比べをするところがあって、自分の方が、いや、自分の方がって人と張り合うことってありますよね。
それがたとえ、不幸なことでも、自分の方がしんどいんだぞ、ということを知ってもらいたいので・・・。

だとしたら、被災していない私たちはどう寄り添っても蚊帳の外になるんじゃないかと・・・
本当に余計なことですがおかしなことを思ったりします。


まあ、だから・・・
気持ちに寄り添うというのは無理でも、でもどうやっても同じ日本、盛り立てていかなきゃいけない。
だとしたら、私ができることはやはり、riamnさんと同じで外食をし、遊びに行き、買い物をし、しっかり消費する、楽しむことが復興につながると信じて疑いませんね。
Posted by うり at 2011年05月07日 10:56
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