2011年05月19日

「1408号室」「追悼のざわめき」

火曜日はお休みなので、

っしゃ、今日は映画を観る日にしよーと思い、前日からレンタルショップに行って
DVDを物色。
そこで選んだのがタイトルの2本+未視聴の1本。

多分、「聞いたことないタイトル」と思われると思うが、私からすれば
「面白い映画」を見たくて真面目に選んだ作品。
店員さんのおススメ帯もついていたしねわーい(嬉しい顔)

果たして、その結果は・・・


正直、両方とも100円だから金返せまでとは言わないが、時間と期待感を返せと言いたい。
まずは1本目
「1408号室」




あらすじ
娘を亡くし、頑なに現実しか信じられなくなったオカルト作家 マイク・エンズリン
(ジョン・キューザック)の元に、ある日、ニューヨークのドルフィンホテルから一通の
葉書が届く。
そこには、「絶対に1408号室に入ってはいけない」と書かれてあった。
その後、彼は”1408号室に宿泊した56人の客が全員一時間以内に死亡した”という
驚愕の事実を知る。オリン支配人(サミュエル・L・ジャクソン)の執拗なまでの忠告を
無視し、遂にマイクは1408号室の扉を開けた。そして― (Amazonより)


もうこれはわくわくするしかねーべと思い、再生。
ただ、ソファに寝転んで見ていたためものの20分ほどで居眠りしてしまい、
巻き戻ししながら観たあせあせ(飛び散る汗)

結局、私が知りたかったのは「なんでこの部屋で超常現象が起きるのか?」という理由だけ
だったので、エンズリンが部屋に入ってから起こる数々の不可思議現象はもう、怖くもなんともない。
最初は我慢して観ていたが、そのうち飽いてきたので早送りしながら観たあせあせ(飛び散る汗)

で、展開があまりにもないので(というかその間、あちらこちらで幽霊か何か得体の知れないものが
主人公を襲っているが)展開が変わりそうな部分だけを止めながら観ていたが・・・。

まさかの夢オチ?

と思ったがそうでもなさそう。
というか、このホテルの意図ってなんなの?

そう思いながら観ていたが、結局真相は分からずじまい。
なんつーか、ただ単に意味なく怖がらせるためのテーマパークみたいな映画だった。
正直、「世にも奇妙な物語」のうちの1本に加えてもいい感じ。
そうしたとしてもつまらないが、延々と中身のない仕掛けを見せられても退屈なだけだ。


もう1本は
「追悼のざわめき」



あらすじ
大阪・釜ヶ崎、若い女性たちの惨殺事件が続発する。被害者達は下腹部を切り裂かれ、その生殖器が持ち去られていた。犯人は廃虚ビルの屋上で暮らす孤独な青年、誠(佐野和宏)。彼は菜穂子と名づけたマネキンを愛し、愛の結晶が誕生することを夢想していた。次々に若い女性を惨殺し、奪った子宮を菜穂子に埋め込み、そして、愛した。やがて彼女に不思議な生命が宿りはじめ、様々な人間が廃虚ビル=「魔境」へと引き込まれていく。 (amazonより)

と、あらすじを読んで初めて「ああ、こういう話だったのか」ということが分かる稀有な作品。
つまり、観ていてもストーリー的にはよく分からないのだ。
しかし、これはまず大々的に上映は不可能だろうなあ・・・。というかこんなの、大画面でも
観たくない。

ある意味、戦後の見世物小屋がそのまま繰り広げられている感じで、興味本意ではまず観ることを
おススメしないあせあせ(飛び散る汗)
ただ一つ伝わったことは、どんなに残忍な冷酷な人間にも、守ろうとするものがある、ということ
かな。
この主人公は全く冷酷な人間だけど、マネキンだけは大事にしてたし。
というわけで、TVとかの感動もので素直に泣ける方は出会わない方がいい、劇薬DVDです。
見慣れている人には、そのあまりの無意味さにある意味劇薬かも。


・・・・と、一応面白そうな映画を借りたわけだが、結局のところカルト映画からは
離れられないらしい。


そう言えば昔から誰も観ない、知らないようなカルト映画を探し出しては(偶然出会うこともある)
その驚くべき表現方法に感嘆したものだが・・・。

ちょっと思いだしてまたここに書いてみようと思う。
で、私はまた自分のマイナー好き度にため息をつくのだ。


「今日見た映画、全然面白くなかった。ハズレ」と言うと
「どうせまたマイナーな映画観てたんでしょ」
と突っ込んだ友人。


見抜かれてるなあ・・・。

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posted by うり at 09:15 | Comment(40) | TrackBack(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
カルトなものに惹かれる気持ちって・・・
もしかすると、どんなに最悪で救い様がなくても、そこにたったひとつの純粋なものを見つけてしまうからなのかな? なんて思ったりします。
樹木希林さんが夫の内田裕也を評して、どんなに最低で、どんなに救い様がなくても、そこにたった一つだけ純な部分があるから、支えてあげたくなる・・・みたいな意味のことを仰っていました。だからこそ突き放す。
警察が彼を逮捕してくれたことに、ほんとに感謝すると。見事に屈折した愛情の証ですよね。(笑)
僕自身は、自身の中にカルト崇拝みたいな部分はそんなにありません。
でも、何故か、カルトなロック・バンドに惹かれる部分はあります。
例えば・・・ザ・コレクターズ。Theピーズ。フラワーカンパニーズ。
・・・カルトじゃねえかっ!!
この3バンドは、僕の中では最高に素敵なロック・バンドなのですが・・・
何故か大衆の圧倒的な支持を受けたことは只の一度も無い。こんなに最高なのにどうして売れないんだっ!! みたいな。

つまりどんなに最低だとしても、そこに何物にも犯されない聖域を見つけてしまうからなんでしょうね。(笑)
Posted by riamn at 2011年05月21日 21:40
カルトなものに惹かれる気持ちですかー。
私はそこまで高尚なもんじゃないかなあ・・・。

あまり知られていない領域に踏み入れるワクワク感と、意外なお宝と出会える感動を忘れられないのかもしれません。

>・ザ・コレクターズ。Theピーズ。フラワーカンパニーズ
カルトかどうかは分からないですが、名前だけは知ってます^^
ただ、表舞台に出て来ない、でも根強いファンがついてるってイメージはありますね。

私も知られていないバンドは大好きなんで、
「こんなに最高なのに・・・」と言う気持ちは同感できます^^
でも、私の場合はやっかいなことに好きなバンドやアーティストが売れると興味がなくなるので・・・。
「なんで売れないの?」と「知られたくないなー」という相反するものを持ってるのかも・・・。

それにしても、樹木希林さんの切り返しは見事でしたね。
オットコ前だなーと惚れ惚れ。
Posted by うり at 2011年05月22日 15:51
>売れると興味がなくなるので・・・

・・・スライダーズにしても筋少にしても、或いはジギーにしてもイエモンにしても、こんなの絶対メジャーにはならねえよなっていうバンドがどんどん売れてメジャーな存在になっていく過程は凄く惹かれるんですよっ。(笑)
ブランキーもそうだったし・・・

で、ますます好きになります。今も好きだし。(笑)

>あまり知られていない領域に踏み入れるワクワク感と、意外なお宝と出会える感動を忘れられないのかもしれません。

そういう気持ちを抱き続けることは、うりさんのような職業に就いてらっしゃる方にとっては、ある意味、必然なのかもしれないですね・・・

偉そうなこと云ってすみませんでした。(^^;
Posted by riamn at 2011年05月22日 17:52
「必然」と云うことばではなく「必須」かな・・・(笑)
その気持ちを失ってしまうと、誰かに向けて「これ、とてもおもしろいよっ」とか「これ、素敵だよっ」て伝えること全てが嘘になってしまいますものね・・・

しかも受け手の側はその欺瞞を見抜けないほど馬鹿じゃないから。

昔は雑誌のレコード評とか読んでいて「ばかじゃねえのっ!!」て真剣に思っていましたからねぇ〜。(笑)

今は違います。

プロとしてお金の取れる文章を書ける人は尊敬に値すると思っています。有名無名問わず。


少なくとも僕には・・・

見知らぬ他者の“想い”を誠実に受け留めて、「きみはこれが欲しかったんだろっ?」て、相手に差し出せる技量はないですものね。

・・・凄いと思います。(笑)
Posted by riamn at 2011年05月23日 20:36
そうですね、おっしゃる通り、売れないバンドが注目されて売れ始める過程は見ていて面白い、というのはよく分かります^^
寂しい気持ちにもなりますけどねー(^_^;)

>その気持ちを失ってしまうと、誰かに向けて「これ、とてもおもしろいよっ」とか「これ、素敵だよっ」て伝えること全てが嘘になってしまいますものね・・・

それがですね、こういうブログとかで自分の思いを素直に書けるのと、お仕事として文章を書くのは残念ながら全然違うんです↓
まあ、その個性が認められて、その人の書くものが売れたりする場合は素直に書いてナンボなんですけど、おそらく商業ライターの大部分は、相手が求めるものを求められた通りに書けないといけないんですね(^_^;)
なので、ライターとしてやっていくには、相手が何を自分に書いてほしいと思っているのか、見抜く力の方が大事かも。

なので、ライター業って文章が上手い下手とは少し違うかなあ・・・。
どっちかと言うと文章の組み立て作業に似ていると思います。
それと、担当者にどれだけ恵まれるか?ということもあるかも・・・。
Posted by うり at 2011年05月24日 08:56
うりさん。

相手が自身に対して何を求めているかを的確に判断して、その求めに応じた結果を遺せる人が真のプロと呼ばれるのでしょうね。

それはイチローにせよ、或いは場末のソープ嬢の場合でも全く同じだと思います。適切な比喩ではないですね!!・・・

すみません。(笑)

Posted by riamn at 2011年05月24日 20:03
確かに^^

あ、でもそう言われると、世の中のお仕事は全てと言ってもいいくらいそれがつきものなのかもしれないですねー。

あれ、この話って以前の「猫は可愛いのが仕事」に書いたことと繋がってくるような・・・。
Posted by うり at 2011年05月25日 20:10
なんだか・・・無限ループ状態?(笑)

でも、こんなふうに一つのテーマからどんどん話が繋がって・・・

いつしかスタート地点に戻って、またそこから繋がっていくって、新鮮な感覚です。

思えば20代の頃は、こんなふうに無駄なことばかりに夢中になっていたんですよね・・・


で、結局それら全ては無駄ではなかったんだといまになって気付きます。


幾つになっても、そんなふうに無駄でしょうもないことにいちいち拘ったり、夢中になれる感性って、もしかしたらとても大事なことなのかもしれませんね。(笑)

そのような感性を失ってしまうことは、人生をどんどんつまらないものに変えてしまう危険も孕んでいるので。

これはこれこれこうだから、こうなるよねっていうふうに、全ての事象が予測可能になってしまいますものね。
・・・(笑)

この歳になっても未だ未完成で、未知の領域があることに感謝したいと思います。
Posted by riamn at 2011年05月25日 21:15
本当に(^_^;)
結局、根っこにそういう考えがあるから結局そこに戻ってくるんでしょうね。

>思えば20代の頃は、こんなふうに無駄なことばかりに夢中になっていたんですよね・・・
で、結局それら全ては無駄ではなかったんだといまになって気付きます。

そうですね、それが分かっているから、ムダなことは一つもないよと子どもにも言ったりしてます。
どこまで分かってるかどうか分からないけど・・・。

>全ての事象が予測可能
これはでも、ありますねー。残念ですが・・・。
でも、実はやってみると全然違う結果が出たりすることがあるので、決めつけるのは危険だなと思いつつ、段々頭が固くなっている自分に気づいたり・・・。


Posted by うり at 2011年05月27日 22:34
サミュエル L.ジャクソンという豪華さに惹かれ借りて見たシャラマン監督の『アンブレイカブル』に私はがっかりしたw シャラマンの映像、カメラワークは好きなんですけど…。『サイン』も、ラスト、えっこれですか…。という風だったがホアキン・フェニックスの怪演が良かったのでまあいいやとか(^_^;)。

ミステリやサスペンス映画に関する本で、小池真理子さんは、ヒッチコックの『レベッカ』を、「ゴシックサスペンスの傑作。≪今世紀最大の≫といってもいい。」、そしてキャロル・リード監督の『落ちた偶像(原題:The Fallen Idol)』を「日本にもあんな上手な子役がいてくれたら、サスペンスドラマがもっと面白くなるのに。」と、あとウイリアム・ワイラー監督の『コレクター』は、「こういう異常性格者の物語には作家として大いに刺激される」(ちなみにこの監督は『ローマの休日』の人)と書いていました。

ヒッチコック、面白いですよ〜!上の『レベッカ』はもちろん、『めまい』、サルバドール・ダリが夢のシーンを担当した『白い恐怖』や、『ダイヤルMを廻せ!』、『裏窓』、『断崖』、『疑惑の影』、『知りすぎていた男』(楽譜のシーンが凄い!)などなど、見て本当にソンはないです(力説)。
Posted by みけ at 2011年06月19日 14:38
追記: ちなみに98年にも同タイトル「コレクター(原題 Kiss the giris)」がありますが、これは無関係で、ワイラーの原題は『The Collector』(65年作品)です。蝶の採集だけが趣味の地味な銀行員が、ある日美しい女性を見かけ、その女性を美しい生きた標本として大切に扱うが… という倒錯的サスペンスです。

あの冬彦さんはこれがモデルだそうで…。
Posted by みけ at 2011年06月19日 18:27
ヒッチコックは私も好きです・・・が、みけさんが挙げてる『ダイヤルMを廻せ!』しか観てないです(^_^;)

もっといろいろ観たいですね。

それと、個人的に「刑事コロンボシリーズ」が安心して観られて好きです^^
Posted by うり at 2011年06月20日 20:26
えっ、「ダイヤルMを廻せ!」しか見ていないですって…。まさか近年のリメイク作ではないでしょうね(キラリ  オリジナルでなければ…。

『北北西に進路を取れ』 も面白いんですよ〜。

倒れかかってきて何と思うと相手の背中にナイフとか、もみあっててハサミが、美女がシャワーを浴びていると、自分は無関係なのに巻き込まれ、断崖で(ry  ってのはこの人がオリジナルなのでは…。ヒッチコックは謎解きというより人間の心理をよく描写していて、そこが怖いと思います。映像の切り取り方もすごい。

サスペンスといっても死体どころか血の一滴も画面に出さずに恐怖をあぶり出す手法も何度見てもほれぼれします。

上に挙げたうちの 『疑惑の影』 は日常生活の中の緊張関係を取り上げた地味な作品で、ありふれたものしか出てこないのに、心理的に恐怖が増幅していくような見事な作りになっております。あと小池真理子さんもおすすめの『レベッカ』もレベッカ本人は出てきません。『知りすぎていた男』では名曲「ケ・セラ・セラ」が小道具として秀逸な使われ方をしています。

コロンボシリーズ…たしかに安心して見てられますねw あ、そういやうちのかみさんがね…。
Posted by みけ at 2011年06月21日 20:57
いえいえ、リメイク版ではないです(苦笑)

>死体どころか血の一滴も画面に出さずに恐怖をあぶり出す手法

これは素晴らしい^^
ホラーも、オバケが出て来ない怖さの方が好きです。
「リング」も、原作では「貞子」が出ない怖さがあったのに、映画で思いっきり登場しているのを見てげんなりしました・・・。

後で語り継ぎたくなる映画が観たいですね!
Posted by うり at 2011年06月23日 08:16
語り継がれる作品には、やはりすごいものがありますよね。映画に限らず文学、音楽でも、古く、そして国も違う作品が今も様々な国の人の心を打つのは、そこに ≪普遍性≫ があるからで、我々の身の回りの物は変わっても、心、例えば情念(これなくして文学はじめ芸術は存在しないでしょう)とかは変わらない、人間そのものは変わっていない、だからこそ時代を超えて語り継がれる作品が残っていくのだと…。
そういう意味で、不朽の名作、といわれるものは見ておいた方が良いなーと思います。「あれを見て本当に良かった」と思う作品に出会えるのは幸せな事だし…。

ホラーの場合、映像が怖いだけのが結構ありますよね。ヒッチコックのサスペンスは心理描写、そしてそれを表現する映像の力でしょうか…。そこに文学の香りまでするようなのもありますね。

例えばルイ・マル監督の『死刑台のエレベーター』も、1957年の作品だからツールは当然古いけど、追い詰められた主人公の焦り、緊張感や絶望感、そして皮肉な結末…というやるせなさ、マイルス・デイビスのジャズ(マイルスはこの作品のラッシュを見ながら即興で演奏した)が視覚によるサスペンスをさらに盛り上げる手法には今もぞくぞくするし、人間の普遍的なむなしさがよく表現されており、これからもずっと語り継がれていくのだろうなーとか考えてました。

ちなみに、この作品ではじめて日本に電動鉛筆削り機とガスライターが紹介されたのだそうです。
Posted by みけ at 2011年06月25日 13:56
不朽の名作には、やはりそれなりの理由があるんですよね。

映画だけでなく、本、マンガ、アニメにしても。

このブログも、驚くべきことに未だに「キャンディ・キャンディ」でのキーワードで来られている方が多いようです(^_^;)

あれもまた、王道ですね^^
Posted by うり at 2011年06月27日 19:45
キャンディ・キャンディ、たしかに王道ですね…。さっきこれのウィキ見てきたのですが、

>ヨーロッパ、特にフランスでの放送は大好評で、日本ではなくフランス国産のアニメーションであると信じて疑わなかった国民が多数いたらしい。

そうなんだ(^_^;)。

現在でもフランスで日本のアニメ、漫画はマニアックな人気を集めていますが、そういうののベースは、この時期から80年代後半くらいまでフランスで日本のアニメがよく流れていたからだといわれています。聖闘士星矢なんか特にすごい人気でしたね。

キャンディ・キャンディの著作権裁判は知ってたけど、「ニセTシャツ事件」は知りませんでした(しかしウィキって、どんな人が書いているんだろう?前から気になってます…)。
Posted by みけ at 2011年07月03日 20:21
そうなんですよ。

こんな作品が日本のものであるわけがない、ってね(^_^;)

日本のアニメの独特さは、もともとはセル画不足が理由らしいですが、本当によく出来ていると思います。
ディズニーやトム&ジェリーのアニメを見ていると、常にキャラがバタバタと動き回っていて、それはそれの楽しさがあるけど、
心の機敏とか感情というものが分かりづらい。

その点、日本のアニメは適度に静止のシーンがあり、モノローグがある・・・。
(セル画がないのでそうやって凌ぐしかなかった)

これが大きな違いだと思いますね。

逆に、トム&ジェリーにモノローグシーンがあれば面白くなりそう(苦笑)
突然姿を隠したジェリーを探すのに、トムが
『どこだ・・・どこにいるんだ・・・』
『奴はいつもどこからともなく姿を現す』
『・・・ということは・・・俺の死角となっているあの柱の影か、壁の穴か・・・』
『どっちだ・・・・どっちなんだ・・・』
カサ。(微かな音)
『そこかァァァァァッッ!!!』


・・・・とかね。


ウィキは、基本的に誰でも書き込めるんじゃなかったでしたっけ?
だから、噂話レベルのものもあるから半分くらいに思ってますけど、面白いですよね。
Posted by うり at 2011年07月04日 07:59
フランスの人にとっては嬉しい驚きだったと思います(キャンディの舞台はフランスじゃないけど)。

たとえば、日本にとってなじみのない国(ナウル共和国でもホンジュラスでも何でもいい)が、日本を舞台にした物語を作った…と聞いたら、絶対あやしいものだと思いますよね。でも見てみたら、すごく日本的!すごいじゃん! って感じだったと思います。

日本のアニメーションは、セルや製作にかかる時間を節約する為に枚数を減らす工夫、例えば片手を上げる時はその片手だけを動かしてあとは固定とかしてたといいますね。劇画の手法を取り入れたり、一枚絵を揺らしたり…そういう「工夫」の中から、日本独自のアニメができていったのかなーと思います。

あちらは人間の自然な動きを元に原画を作っているので、個人的には情感にあふれてる気はします。あんまりリアルだと、実写でいいじゃん…と思うようなのもあったりして。

ただ、アニメでしかできない事、をやらせると東欧とか旧ソ連あたりがすごいですね。何十年もかかって砂絵でアニメーションを作ったり、あるいは粘土アニメとか。

トムジェリを色んな国風、でやったら面白いかも…。

あとアメコミって、画がリアルなのが多いですよね。だから実写になっても余りイメージ壊れないんですが、日本は…(^_^;)。
個人的には漫画の実写化は・・・アニメのほうがいいや。

ウィキ、誰でも書き込める事は知ってるけど、でもよく皆さん書き込んでるなあ…と。それとかTV速報で訃報があって、たまたまネットしてたからその人物のウィキをすぐ見たら、もう死去の書き込みがあるのとか正直ふしぎです。

年代や日付など、間違って書かれているものをたまに見つけますが…。
Posted by みけ at 2011年07月09日 18:01
>個人的には漫画の実写化は・・・アニメのほうがいいや。

私も(^_^;)
冷静に考えると、特に少女マンガのキャラは可愛くてカッコイイけど、これに当てはまる人間の顔って・・・と思うとしっくりこないしね。

更にこれをコスプレしようとなると余計に原作とかけ離れたものになるのがねえ〜。

Posted by うり at 2011年07月10日 23:27
コスプレ、そういう特集でいろんな写真を見た事ありますが、顔にマスクつけてるのが、まあイメージ壊してないかな…とも思いました。

日本のアニメ、漫画は二次元的ディフォルメという感じなんですよね。アメリカとかのは平面だけど三次元的な画というか、そのまま立体になっても余り違和感がない。

「キャンディ・キャンディ」はほんとに出来が良かったという事なんでしょうね…。自分が子供の頃、どれがどの国のアニメとか気にはしなかったけど、「世界名作劇場」は外国のかなと何となく思っていた。漫画のベルばらは日本のだなーとは思ったけど、それは多分、ジェスチャーが日本っぽい、オスカルが読んでる本のタイトルが日本語だったからとかなんだろうな・・・。

こないだ郵便局でベルばら切手買いました。絵がきれいです〜。
Posted by みけ at 2011年07月11日 21:58
そうですね、どの国とか考えてなかったなあ・・・。

ただ、ハイジを観て、スイスに憧れたりというのはありました(笑)

>オスカルが読んでる本のタイトルが日本語だった

これはうけた^^
細かいところまで見てますね〜(^_^;)

今思ったけど、読んだことないけど「コブラ」は完全にアメコミっぽいですよね。

それと、「Dr.スランプ」を見た時は衝撃的でした。これもアメコミっぽかったかも。
江口寿史もそういう雰囲気をもってたかな・・・。

両者ともセンスが洗練されてて、大好きだったなあ〜。
Posted by うり at 2011年07月13日 08:09
「コブラ」は私も外国のコミックだと思ってました(読んだことないけど絵柄でw)。江口寿史や鳥山明のは、アメリカやフランスのコミック、イラストのような雰囲気がありましたね。魔夜峰央は、イギリスのオーブリー・ビアズリー(Audrey Beardsly)に影響を受けたと話していましたが、確かにそんな感じです。

オスカル、ルソーの『社会契約論』を読んでたんですが、その表紙が大きな漢字の連続だったのでよく覚えてますw 絵の中では「Rousseau ≪Du Contrat Social≫」と書いておいて、コマの下とかに「ルソー ≪社会契約論≫」とか書いておいてほしかったw
新聞(だったっけ)や手紙も見出しとかが日本語だったのはしょうがなかったのだろうか。

アニメだと特に思うんだけど、日本のは静的でアメリカのは動的、かなあ…。日頃のジェスチャーにもいえると思いますが(^_^;)。

あと向こうのは人間の動きを元にした感じだけど日本のはアニメキャラ特有の動き(物にぶつかって足がヒクヒクしてるのとか、顔が引きつってる感じのとか特にそうかも)で、日本のアニメっぽい、と思いますね。
Posted by みけ at 2011年07月17日 15:22
日本の動きがアニメっぽい、のは分かりますね〜。

そもそも、マンガの記号も独特ですよね。
最近はあまりないけど、ケンカの時の雲とか、驚いた時のマーク、青ざめた時の額の線、白目・・・^^

私たちは、知らない間にこれらのマークを
作者が意図する通りに読み分けられていたことに改めて驚き、感心します。
Posted by うり at 2011年07月19日 15:25
漫画(コミック)って記号というか、直截的で、もし字が読めなくても解る、ってのがすごいですよね。そうじゃない漫画ももちろんあるけど…。

ひらめきのマークや、ケンカの時の雲やらは、たしかディズニーが元だと思うけど、それがどこの国でも通じてるし、そこから独自のものに変わっていって興味深いです。

日本の漫画は漫画家さんの描くペースが早いし、たとえばフランスの漫画(バンドデシネ)とは異なる発展の仕方をしてるんだなと思います〜。あちらのは1コマ1コマが絵画のようだとか1枚絵のイラストみたいだし、2巻が5年後に出るとか遅い。

アメコミと比べると、格闘シーンが動きがあるというか連続してますよね。アメリカのも1枚絵で決めてるのが多い感じ。アメリカでドラゴンボールのコミックが人気なのも、あの格闘シーンにあるのでは…と思います。

鳥山明さんの作品は、ただしゃべってるだけのシーンが長いとかで、他の書き手なら単調に続き退屈になるところでも、絵の構図とかで読ませちゃうんですよね〜。
Posted by みけ at 2011年07月24日 17:05
2巻が5年後・・・(^_^;)

まるでガラかめ並みですねー。

週刊誌でマンガを描くなんて考えられないレベルかも?

隔週で一定のクオリティを保つのってすごいですよね・・・。
Posted by うり at 2011年07月25日 22:00
>隔週で一定のクオリティを保つのってすごい

ですよね。ただ、その為に作家さんの負担は大変なのでは…と思います…。アシスタントとか…。そして漫画の数が多すぎて読者サイドもわけわかんなくなってるとこがあると。

大体、アメリカや欧州って、日本の週刊誌に当たるものが少なくて(たぶん日本が大過ぎ)、さらに漫画雑誌というともっと少ないんですよね。あったとしても日本の感覚でいえばパンフみたいで、アメリカだとウォルマートあたりで有名タイトルのそれがペラペラゆえに破れて売ってたりとか。で、前ページフルカラーだから高い。もちろん、それらをあとでコミック版として100ページ以上にまとめたのも出たりしますが…。再販もまずないので、そのためにオークションでコミックがすごく高額になったりします(最近ではバットマンの初期の頃のとか)。

フランスのBDは、日本のそれとは別ジャンルと考えたほうがいいだろうな…。内容も哲学的だし(フランスのあらゆるものがそん感じだったりする。単なるヨモヤマ話も含めて)芸術性が高すぎて、一部の人が楽しむ感じのが多く、セリフも多い(小説並みw)し、紙質も豪華でフルカラー=かなり高額。 

それで日本の漫画が面白い!となった面もあると思います。
Posted by みけ at 2011年07月29日 21:01
そうそう、作家さんの負担は大変だと思います。
少年誌みたいに人気アンケートなんかあったら、もうプレッシャーですよね(^_^;)

マンガの数は以前より増えているんでしょうか・・・。
最近のマンガはさっぱり分かんないんです。
あまり興味がなくなっているし(苦笑)


そうなんだ^^

国によって雑誌もいろいろなんですねー。

面白い話題をありがとうございます。

Posted by うり at 2011年07月31日 14:54
日本ってあらゆるものが過剰で飽和状態になってると思います。私は種類が多すぎると、その全体がどうでもよくなってきてしまうので、たしかに最近の漫画や雑誌に関心自体なくなってます。

あと日本の漫画も連載なしでコミックス発売してほしい…(たまのそういうのあるけど)。週刊連載だと特に、コミックになった時に話がおかしくなってたりする。それを思うと完成度は欧州や合衆国かなあ…。

あとあちらは基本分業だから、各分野(下書き=ペンシラー、ペン入れ=インカーetc)のすごい人がそこの出版社と契約して人気作品を手がける。だから「バットマン」、「スーパーマン」、「X−メン」、「スパイダーマン」、「ファンタスティック・フォー」などなどが永遠のキャラとして今も続いているという…。

ファンタスティック・フォー は昔日本でもアニメで変なタイトルでやってたらしいんですが…。ザ・シング(キャラクターの一人)が「ムッシュ・ムラムラ!」って叫んだりしてたらしい。見てみたいような(ry

日本の長期連載漫画で見たい最終回はやっぱ「ゴルゴ」です…。ゴルゴの年齢などにはもうつっこみませんw
Posted by みけ at 2011年08月06日 14:48
>種類が多すぎると、その全体がどうでもよくなってきてしまう

私もそう(^_^;)
みんなが集まると、自分ひとりの力なんてなくてもいいと思っちゃうんですよね。

連載なしのコミックスはあまり見かけないですね。
描き下ろしってヤツ?

ホント、特に週刊モノはおっしゃる通り、話の繋がりがおかしい(^_^;)
あと、急に違う方向に話が進んでいるのが手に取るように分かるのもちょっとねえ・・・。

長期連載の最終回か〜。
もう最終回はなくてもいいじゃないと思っちゃいます・・・。
特にガラかめ。
月影先生の死ぬ死ぬ詐欺には引っ掛かりません(^_^;)
Posted by うり at 2011年08月08日 22:40
厳しい締め切りの中で描いているのは、勢いはあるけど、あとで全体を見るとおかしいとか初期設定がなくなってる、複線の意味がなくなってる、連載時に出ていたキャラが単行本になったらいないww とかあれこれありますよねw ゆったりした締め切りの中で時間をかけて描いているのがフランスのバンド・デシネだけど、それが長すぎる時もあるから、日本とたして、2で割ってほしい。

何か作るとき、たいてい欧州の人は気が長いですよね。ピサの斜塔もどんだけかかってたんだと思うし、彫刻家の外尾悦朗さんがいる事でも日本人になじみ深いサグラダ・ファミリアでも1882年から作っている。完成予定は2026年ってさあ…と。多分そのルーツはエジプトのピラミッドあたりに(ry

「ガラかめ」って略していいんですか…。ゴルゴ13は略せないけど(でも本来は「ゴルゴ・サーティーン」だからすでに略しているのか)。ガラかめは連載時とコミックと別物になるので、どちらも読む人が多いと思うのですが、どうでしょうね。

小説で書き下ろしは売れっ子しかできない、というのを聞いた事あるけど、つまりネームバリューなんだろうな。でも自分は連載で読んだのと全く同じのをあとから本などで買う事は余程好きでない限りはありません…。それか連載は読まないで本が出るのを待つ。

長期連載の最終回、なくてもいいですか(驚)? いや、ドラえもんやサザエさん、ちびまるこみたいなのは、なくてもいいと思うけど、ガラスの仮面やゴルゴ13はラストを見たいです(^_^;)。
Posted by みけ at 2011年08月11日 22:10
外国人のそう言った気の長さは、日本人では認められていないですよね。
これが認められるようになったら何か変わるかな・・・と思ったけど、基本的に日本人はワーカホリック気味なので、きっと認められないかも。

ガラかめは、そう略すそうですよ(苦笑)
ゴルゴはゴルゴでいいかと^^

ガラかめの場合、なんか続いていることでその意味を達成しているような・・・。
そんな気がします。
Posted by うり at 2011年08月13日 07:51
そういえばそうですね…。もし数人が長くかけてやりたいというものがあっても許されないというか、まずスピードが重視される。

今、日本人が残そうとしている建築物とかでも、あれらは昔の人達が作ったもので、今そういうのを作ろうという話はない。コスト的にどうだとか意味がないとかいう風になってしまう。だからフランク・ロイド・ライトの帝国ホテルでも、ロビー以外は壊して明治村に持って行っちゃったりする。今あれがあったら、世界中から観光客も来るだろうし、何より歴史的な遺産だったでしょうに。

あと町並みも日本は変わりすぎなんですよね。欧州とかに行くとほんとそう思う。だから町や都市全体が世界遺産になったりするけど、歴史を大切にしない、何でもコスト重視で使い捨てになってしまったら、故郷への深い愛情みたいなのも希薄になっていくのではないかと思います。

政治でもそうで、欧州でもアメリカでも、そして多分中東や中国も長いスパンで国家戦略を持っている。でも日本は、何でも先送りして、その時そこにいる人達が任期までやり過ごせればいいやって感じしかしない。

ガラかめはたしかに続いている事に意味があるような…。でも完結を見たいような…。しかしゴルゴでもそうだけど、ほんとに主人公らの年齢はどうなってるのか、本人は年を取らないまま、世の中は代わり、携帯やPCやらがある時から出てきたのが変だった…。ゴルゴはいつPCを覚えたのかとかやはり気になってしまいます。
Posted by みけ at 2011年08月14日 17:24
そうですね〜。
長い目で見ればどっちがいいのか・・・もう少し深く議論して欲しいところですが、皆が皆自分のことしか考えていなければ、難しいんでしょうね・・・。

京都とかはしっかり街並みが守られているんでしょうけど、そういう場所が限られているのも残念ですね。
岡山で言えば倉敷の美観地区というところが
景観を守るためにかなり厳しくしているそうですけど。

>ほんとに主人公らの年齢はどうなってるのか

ここはもう、完全に無視するしかないんでしょうねえ〜。
ただ、ゴルゴとかだと、サザエさん並みに無視しちゃってもストーリーに支障はないだろうけど、ガラかめの場合、いつまでも真澄さんがマヤのことを『この俺が11歳も年下の少女に・・・』といつまでも言ってられませんからねえ〜。
まあ、年の差は縮みませんが、少女ではないよと。
Posted by うり at 2011年08月15日 20:53
京都も、マクドの看板を白にしてみたりとかやってるけど、個人的にはまず京都タワー…あれはどうなのか。景観を守ればその分不便とか、市民が我慢しなきゃいけない事も出てくるだろうけど、観光資源でもあるし、人類の遺産でもあるわけで…。そういうのを全体で見ると日本人は効率優先で自ら壊してしまったと思います。

ゴルゴはレーガン大統領としゃべってたり、ベトナム戦争にも行ってるみたいだから、やっぱりおかしいんだけど、作品中で他のキャラと絡む事が殆どないからまだいいかなあ。

ガラかめ、そう、年の差は縮まないけど…ですね。同じ11歳差でも、自分の年齢によってずいぶん感覚は違いますね。相手が10歳(…)で自分が21歳はアウトだけど、30歳と41歳ならおかしくない。

加藤茶は問題外だけど…。しかし23の嫁さんのお父さんが37って、え?と思ったけど 嫁の母親が年下男性と再婚してるんですね。37の男性の義理の息子が68歳でしかも加藤茶…。何か色々アレですね。
Posted by みけ at 2011年08月21日 15:38
「1408号室」はスティーブン・キングの70ページくらいの短編で、短編集『幸福の25セント硬貨』に収録されています。映画は見てないのですが、ネタバレのものを読んだら、ラストなど違いますね。原作だと主人公は助かりますが、虚無への恐怖を心に残してしまいます。しかし何故こんな短い作品が映画化されたのでしょうか…。

>なんでこの部屋で超常現象が起きるのか?

原作でもわからないのですが、キング作品における「神」は不条理なもので、≪無慈悲で残酷なもの≫です。それは人類に呪いをおくる旧約聖書の神というか。キングはそういう「理屈を超えた恐怖」を描く天才とは思うけど、では原作の『1408』はお勧めか?というと、まあすごく面白かったという事はないです(あくまで個人的な感想)。

というのもこの『1408号室』はキングによる小説の書き方テキスト『小説作法』の中で、「どのようにストーリーが初稿から第ニ稿へと発展していくのか」を読者に見せる実例として少しだけ書いてみた「見本」で、それが結局、「ストーリーに乗せられて最後まで書いちゃった(キング談)」 ものだからというか。

「ショックやサスペンスの物語を旨とする作家はみな、少なくともひとつは幽霊の出る部屋、に関する話を書くものだ。≪1408≫はその素材を私なりに調理した物語である…。ただし当初は完結させる気が全くなかった。『小説作法』のテキスト用の例として書いただけだったから」 とも語っています。

「ホテルの客室は元来気味の悪いものだ。早い話があなたが宿泊する前に何人がそのベッドで寝ただろうか? そのうちのどれくらいの人が正気を失っただろうか? どれだけの人がクローゼットで首をつろうと考えただろうか? ほら、鍵だ。この部屋の番号をそれぞれ足すと、いくつになるかちょっと考えてみてくれ…。」だそうです。

小説『1408号室』では、数々の一致が何の意味をなす?と思う作家の考えや、1408号室からあふれる脈打つ巨大な光=虚無は魅力的だが入れば二度と戻れない…などの描写は良かったと思います。キング作品、特にホラーものは失敗作がホント多いです。ただグロテスクになるだけどか、怖がらせようとするだけになってしまっている。角田光代も、「何でキングのあんなに素敵な原作を映画はこんな風にしちゃうの??」と語っていましたが。

 何となく、日本の恐怖ものは、怖い出来事が起こる原因(たたりとか)があって、それが解決されれば大丈夫(成仏とか)みたいなイメージが私はあります。西洋のは、問答無用の無慈悲さで虚無的、「根源的な恐怖そのもの」、みたいな。たぶんこれは風土(によって生まれた宗教的な)的なものでしょう。

たとえば『グリーンマイル』のコーフィの超能力は、神から一方的に与えられたもので、本人を幸せにしていない=不条理、というか…。コーフィが善良な人間であるがために物語は残酷で美しくもなる。その《美しいもの》を人間は壊してしまうし。

『グリーンマイル 2』の解説を小池真理子がやってますが、小池氏は「スティーヴン・キングは、恐怖そのものを描く作家ではない。恐怖をはらんだ人生、恐怖に彩られた日常風景、そして、そうと知りつつ恐怖と隣り合わせで生きる事を宿命として負わされた人間を、愛情を持って描き切ろうとする作家なのだ。」としています。
Posted by みけ at 2013年01月15日 22:00
前に私が書いて、私自身つまんない映画、と位置付けてしまっていたものにありがとうございました^^

そうなんですか。
大事なものがすべて抜け落ちちゃってますね(^_^;)
そういうプロローグがあるなら、ちゃんと書いてくれないとなあ〜・・・。
あのストーリー展開だと、ホントになんでわざわざ映画化する話?と思っちゃいますもん。

やっぱり、文章だけで読む、実写で見るのとは大きくかけ離れてきますよね〜。

そういう意味で言えばホラーは文章で読むべきものと
心から思います。
(昨日もホラーを見てたんですが、つまんなくなってやめました・・・)
Posted by うり at 2013年01月23日 13:15
70ページくらいの短編を映画にする時点で何か無謀な気がするけどどうなんでしょうね(^_^;)。映画は見てないのでどれが抜け落ちてるかわからないけどまあいいか…w しかしサミュエル・L・ジャクソンっていい俳優なのに駄作率が多い気がしないでもありません…。小説ではホテル支配人はきちんと爪の手入れをしたきれいな手の、青白い小太りの男、だったんだけど…。

これに限らず、映画予告編やあらすじ紹介で、面白そう!と思って観に行くとほんとガッカリするのがあったりして、期待せずに行ったり、読んだりしたのが面白かったり…。

でも『テッド ttp://ted-movie.jp/ 』 は面白そう。ヒットしてるのに劇場数が意外と少ない感じ…。アクションやSFじゃなく、こういうのでCGを活用しているのが嬉しいです。こういうのを見たかったというか。下ネタ多そうですが。
Posted by みけ at 2013年01月26日 14:12
>70ページくらいの短編を映画にする

それは無謀でしょうね(^^;
相当膨らまさないと1時間半〜2時間の作品にはならないでしょうねー。
抜け落ちてるってのは、見ているこちらは、その部屋で何かが起こる理由
ってのを知りたいわけです。
でも、そもそも原作ではキングはそこは不条理なものとしています。
となると、私の知りたかった謎なんて暴かれるわけがないんですよね。
その説明が少なすぎてる気がしました。

映画の予告編って、その予告編に面白いところが凝縮されてますからねー(^^;
予告編以上の作品ってなかなかないかも・・・。悲しいけど。

テッドは、アプリがヒットしてるみたいです。
なんか、癒されるというか悪態つかれるのがいいみたいですよ(苦笑)
Posted by うり at 2013年01月29日 01:52
原作が短くても、監督や脚本の方で面白く膨らませてくれたらいいのにとは思ったけど、たいてい自分の場合は原作(小説)の方が好きだったりします。特にキング映画はほんとにハズレが多いと思うので…。「1480号室」も映画ならではの面白さとか目指してほしかったというか、監督が怪現象の起こる理由を独自でやってほしかった気がしますね。

小説『1408』主人公の作家はラスト、病院で 「担当は恐怖体験をし、俺がさらなるヒット作を書けると思っているようだが…」と回想します。「だがもう、ものを書く事はできないとわかっている」とつぶやく。「あの部屋で変形していった絵の人物らは、もとは人間だった…だがあの虚無への入り口は…。」主人公は美しい夕焼けの光にも耐えられないトラウマを抱えて物語は終わります。

映画のネタバレレビューを読んだけど、映画では主人公が生きてるのか死んでるのかわからん(何者かに乗っ取られてる?)ような終わり方だったようで、それは何なんだろうw

キングの各作品では不条理な事が起こりますが、それらの原因は実は大作『ダーク・タワー』のためなのです。

これは小説も映画も面白かったのですが、『アトランティスのこころ』で主人公ボビーが小説の上巻でこんな事を呟きます。 ≪世界はひとつじゃない≫ ≪数百万もの世界があって…それがみんな「塔」のスピンドルの上で回っているんだ≫ 空の星々をつなぐ「闇」が世界に何かを起こしている事を物語の中でにおわせます(映画ではそれらの関連性はカット、上巻全部と下巻の短い章を合わせた感じのものになってます)。

予告編はほんと、どれも面白そうでw まあアクションものはまだハズレがないというかこんなものかと思うけど、サスペンスとかは予告見て楽しみに観に行くとほんとガッカリが多いです。

テッドのアプリ、良さそうですねw あの可愛いキャラの中身はダメオヤジというのが逆にほっとしますw
Posted by みけ at 2013年02月02日 16:08
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