2011年10月09日

岡山から放射能を想う

先日、スーパーに福島県産のじゃがいもが特価で販売されていた。
ちゃんと検査結果も表示されており、私はその一つを買って帰った。

このじゃがいもを見て、ニュースで流れている放射能汚染問題が現実に起こっている
んだということに改めて気付いた。


そう。岡山での放射能の認識はこんなもんだろう。正直なところ。


日本の中で言うと、福島県と岡山はかなり距離が離れているが、外国からすれば
日本=放射能汚染と心配されるくらい一緒くたにされている。

でも現実は、私の周りでガイガーカウンターを持って歩いている人は見かけないし
(いるのかもしれないけど)殆ど話題に上らない。
スーパーの商品も何も考えず手に取ることができる。

だがその半面、日本国内では被害に遭った地域のものを使ってイベントを行おうとすると
必ず何らかの苦情が出る。

そんなものを使用して放射能が・・・。
被災地からのトラックには放射能が・・・。

そして自治体や主催者側は、その声が少なくても、それをまともに受け止めて
中止にしたりするふらふら

アホらしい。

狭い日本、どこでどう気にしたって放射能汚染の影響はあるんだろう。
だけど、放射能の影響がうんちゃらかんちゃらと言っても実際にはどう影響があるのか
分からないのだ。

それより、明日事故やそのうち別の病気で死んでしまう確率もあるのだ。

放射能汚染に敏感になってしまう人たちは、放射能がなければ健康に生き生きと
オールオッケーで生きていけるとでも思っているのだろうか。

と思ってしまう。

どんなに気にして生きたって、たかだか人生100年もない。

実際、被災地の人たちはそこで生活しているじゃないか。

その被災地から距離がある場所に暮らす私たちが、それ以上に何を憂うことがあるんだろう。
それよりも、放射能については必要以上に気にせず、楽しく生きて行けばいいじゃん?


と思う私は変なのだろうか。


そんなに気にしたってさ、外国からすれば一緒なのだよ。
それに、それ以上に放射能の数値が高い場所だってあるのだ。

もう、いいじゃない。
同じ日本で起こった事故なんだよ。


ついでに言うと、私は抗菌にも興味はない。
子供が小さい頃から、抗菌できる石鹸なんて使ったことはなかったし、特別に
神経質にならなかった。

だけど結構、小さい子を持つ親って神経質な人が多いんだよね。
気持ちは分かるが。
(CMのせいかもしれないけど。ばい菌ばい菌ってうるさい)

次元は違うけど、この日本の抗菌好きと放射能問題って似通ってる気がするんだよなあ・・・。
何となく。
タグ:放射能問題

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posted by うり at 09:08 | Comment(78) | TrackBack(0) | ニュースに一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うりさんの物の見方捉え方は、もしかすると僕の物の見方捉え方と非常に近いのかな?なんて無責任に思いました。
巷では、若いお母さんたちが子供たちの被爆に対して物凄く神経過敏になっている様子が伺えます。
子供たちの未来を憂う気持ちはどんな母親であっても同じでしょうね。だから食物も安全性を確かめてから購入する。子供たちを外で遊ばせる際にも放射線量に気を遣う。傍から眺めれば余りにも神経過敏のように思えても、こちらは当事者ではないのでその気持ちを推し量る術を持てません。
無責任な傍観者に過ぎないからです。
でも、うりさんの仰るように人生は常にリスクは付き物。一寸先のことでさえ、我々には予測不可能です。ましてや何十年先の未来のことなど推し量ることは不可能ですよね。
にも拘わらず、何故私たちは先の見えない未来に対して怯えたり神経過敏になるのでしょうか?
もしかすると、それは自分自身を安心させるためかもしれません。私はこれだけ遣ったのだからと。子供たちの未来のためと云いながら、実は自分自身を安心させるためかもしれないですよね。
だとしたら、つくづく私たち大人は身勝手な生き物です。最終的に自分が一番大切で一番愛しいからです。
今や、世の中の3人に1人が癌に罹るリスクを抱えて生きている。道を普通に歩いていても常に隣に危険が待ち構えている。いつ死んだとしてもちっとも不思議ではないんです。
それならば、明日を憂うよりも、今日と云う日を精一杯慈しみ、精一杯抱きしめてあげることが何よりも素敵な生き方のように思えてしまいます。
僕の住んでいる地元では若いお母さんや子供たちが休日の公園で幸せそうに微笑んでいます。
当たり前の幸福な日常がそこにあります。
日々に感謝し、日々を精一杯楽しむことこそ、人間らしい生活かな?なんて思う今日この頃です。
Posted by riamn at 2011年10月09日 20:11
日本ってリスクゼロで当然、という幻想を持っている社会なんですよ。保障があって当たり前、何かすれば必ず見返りがあると思っている社会というか。もちろん科学的知識、それも放射性物質の基礎もわからないから、何ベクレル、とか言われるとパニックになってノイローゼになったりする。原発事故は自分のせいではないから、なおさら大騒ぎできる。

お金と時間のある人は、神経質に色々やればいいと思いますけどね、資本主義社会ですから…。

ただ、イメージが良くないのは事実だから、生産者が本当に気の毒です。

日本って、抗菌もそうだけど、この手の絶対に必要かといわれれば違う、という商品が余りにも多すぎるために、皆、生き方すらわからなくなってるんじゃないかと思います。お店は勿論、通販カタログなんか見てると、何これというのばかり。どうしても必要なモノなんか、そんなたくさんあるはずがないのにこれがないと、といって何でも煽って買わせるだけ。

それでお金使って、家中モノだらけにして、部屋が本当にごちゃごちゃしてるから、片付けの本とかがはやったりするけど、結局短いサイクルのブームにそのつど飛びついて、買う、捨てる、の繰り返しをやってるだけ。

放射性物質のネタも、そこで儲けようという人達がそのジャンル分増えただけと思います。私は買う人にも売る人にも関心ないけど、被災地から来た人をヒステリーによって差別するならそれは社会的にも人間としても許されない事と当然思います。でも社会はこうした動揺層が大半かもしれないと悲観的になったりしますね。
Posted by みけ at 2011年10月10日 22:25
riamnさん
>子供たちの未来のためと云いながら、実は自分自身を安心させるためかもしれないですよね。

まさにそうかもしれないですね。
私的には、血相変えてそこらじゅう計りまくって憂いてる母親の姿を見せるのはいかがなものか
と思います。

>日々に感謝し、日々を精一杯楽しむことこそ、人間らしい生活

実際にそうできれば一番いいですね。でも、人をうらやんだり後悔したり、怠けてみたりと・・・。
実生活はなかなかそうはいきませんけど(^_^;)

Posted by うり at 2011年10月11日 08:15
みけさん

これについてはみけさんとも散々ここで話しましたよね〜(^_^;)

>原発事故は自分のせいではないから、なおさら大騒ぎできる。

そうかもしれませんね。急にこの問題になったらみんな声を荒げ始める。
原発=責めてもいいという図式でもできているようです。

>この手の絶対に必要かといわれれば違う、という商品が余りにも多すぎる

同感です。
コレだけをするための道具って、私は理解ができなくて。
バナナケースとか(苦笑)

まあとにかく、姿の見えない放射能相手に(しかも影響さえも不明)惑わされたくはないですね。
現実を見て判断してほしいと思います。
Posted by うり at 2011年10月11日 08:21
日々、悔やんだり、恨んだり、怒ったり、喜んだり、失敗したり、絶望したり・・・

それが当たり前の人生なんだということに若い頃は全く気付きませんでした。

この歳になったからこそ、判ることもあるんだな〜って。

・・・(笑)


それに朝が来れば昨日までの悪い事嫌なことは全てが帳消しになるんだよってことにも。



毎日が白紙からスタートするんですよね。


こんなことばっか呟いていると・・・

おまえ、学会かっ!!て云われそうであぶないあぶない。失礼しました。
Posted by riamn at 2011年10月11日 20:33
そうだっ・・・


一言わすれてたっ。


・・・今日は、このぐらいにしといたるわっ!!

池乃めだかでした。



じゃねっ。(笑)
Posted by riamn at 2011年10月11日 20:50
riamnさん

そうそう。それこそが生きているってことでね。
醜い感情も、全部丸ごと人間なんですよ。

・・・と分かったようなことを書いてますが、
やっぱり迷いの日々ですけどね。

池乃めだか・・・(笑)
捨て台詞、ありがとうございました^^
Posted by うり at 2011年10月13日 17:29
バナナケース、初めて見た時、なにこれ…と思いました。つかバナナの大きさや形状はそれぞれかなり異なるのに、これにどれも収まるとは全く思えなかったし、そもそもケース、必要か?どうしてもプラスティックケースに入れたければ、普通のタッパーではいけないのか?と不思議で不思議で。ニッチ商品といえばそれまでですが、自分はごちゃごちゃしてるのが嫌なので、物を買う時、ゆっくり考えて衝動買いってしないんですよね…。本当に必要か、としばらく考えてると要らない物が多いです。

放射線や放射性物質とはどういうものか、と考えると実はそこらじゅうにあるし、国によってはかなりの放射線を地表から出しているところ(ブラジルなどなど)もあり、それは自然界に普通に存在しているものだったりします。

パニックになっている人の子供が、放射線を扱う仕事に就くという時、その親はどう反応するのでしょうか。原発で働くのもそうでしょうが、研究者や放射線技師などなど、色々な作業に従事している人達が通常より多くの被曝を受け、普通に一生を終えていきます。むしろ喫煙や過度の飲酒、過食、そしてパニックになる事によるストレス等の方が余程体に悪い、将来ガンになる可能性が高まるわけです。

東京都庁ができた時に入り口付近にある御影石から高めの放射線が出ていると当時話題になりましたが、花崗岩の多い所は、基本放射線量が高くなります。そうしたところは日本中にあります。

今話題になっている世田谷のは、民家にあった瓶や試験管から検出、というけど、こういうのも皆が気づいてないだけで割と身近にあると思います。それに時々放射性物質が盗まれる事もあるし、そこらへんに捨ててあってもわからない。

大衆がパニックを起こせば張子の虎のような社会が破壊される。その方が恐ろしいと私は思ってしまうのです…。

ところで、消臭力のミゲル君はNARUTOのファンで、一番好きなのはサスケだそうです^^ あのCMがこんなに反響を呼ぶとは全く思っておらず、嬉しいと喜んでいました。かわいいです。西川さんとの第二弾も面白いしw
Posted by みけ at 2011年10月13日 21:18
あと、ゆで卵器って言うのがあって、レンジで
8分チンすればできるらしい。
でも、普通に鍋で8分もあればできるでしょーっていうね(^_^;)

朝のワイドショーで、横浜の小学校で給食に使う食材を全検査するというのもありました。
これ、どこまでやれば安心できるものなんだろう?と不思議で。

気持ちは分かるけど、やっぱり過敏になりすぎてると思います。

ミゲルくん、美しい声ですよねー。
ちょっと怖いのは成長期・・・。
ハリーポッターのキャストもすごい変貌を遂げたしねえ・・・。
Posted by うり at 2011年10月14日 23:05
あと、レンジでパスタがゆでられる、ってのも…。ケースに水入れて10分以上?レンジ使うっていうんですが、電気代かかるだろうし何かおいしそうじゃないなあ…。

自分は物買おうかなと思った時に、ほんとに活用するか?どんだけ必要か?となるべく時間かけて考えます。でないと要らない物が増えて生活がめんどくさくなるし、ゆっくり考えて買った物は大事にするんですよね。あとは物を増やさないように何となく心がけてますねw 棚でも何でも、空スペースがないとうまく整頓できないし、何より出し入れができなくなる。

花火のも、20人くらいのメールが届いて中止、とかいうんですよね…。そんだけでか、とも思うし、一人で何通も送った人がいてもおかしくないなあとか。それに過剰反応してイベント中止で結局ボコボコにされてる。あれも酷かったなあ。

不安を煽る人や、ノイローゼになる人は、どうなればいいんでしょうね…。国のトップが、この国はもう駄目なんで海外にでも行くか無理なら自殺して下さい、とか言ってほしいんだろうか…。何があっても満足しないんだろうなと思います。

どこの国の子役も、子供だからかわいい、ってのは大きいですね(汗)。マコーレー・カルキンも、ええっ?という感じになった。ミゲル君はハリウッドスターではないし(消臭力CMのオーディションに選ばれたらしい)、まっすぐ育ちそうに思います。成長すると確かに変わりそうですが。

このCM、いっときおじさんVerも流れた気がするのですが…。1回しか私は見なかったんです。ミゲル君の方が受けすぎて、その後使われなくなったのだろうか…。
Posted by みけ at 2011年10月15日 19:12
レンジでパスタ、ありましたね。
だけど、茹でたって大した手間ではないし・・・。
コンロがない時にパスタを食べたい人のためなんだろうか。

>不安を煽る人や、ノイローゼになる人は、どうなればいいんでしょうね…。

少しでも不安材料をなくしたいのでは?
でも、不安って探せばいくらでも出てきますからねえ。
もし放射能問題が一段落したとしても、どこかから不安を引っ張り出してきそう。
ループですね。

特に外国人の子役は、大人になった時とのギャップが激しすぎますよね。顔の形もかなり骨ばってしまうし。
カルキン君は、容姿もさることながら後のダメダメぶりが何とも・・・。
あれは親にもかなりの責任があると思います。

日本で元子役で活躍できる人も限られてますけど、芦田愛菜ちゃんがどうなっていくのか・・・。
今もてはやされすぎているだけに、気になります。
ハッ!そういえば加藤清四郎くんっていずこに・・?

消臭力、おじさんバージョンありましたね^^
私はひそかに、どうなってるんだろうと思ってましたが、完全にお株を奪われたんでしょう・・。
Posted by うり at 2011年10月18日 09:06
カルキン君、可哀相なとこもいっぱいありますよね…。この人に限らず、色んな国にこういうパターンがあるけど、親が急にすごい大金を子供によって手にする事ができる、というのは悲劇だと思います。

海外の子役は、その後活躍する人もいるけど(特に歌手は多い)、日本の場合はいっときのブームに大人がしてしまう傾向(すべてについてそうだが)がすごく強いと思うので…。となると、子役でいられる時期は短いですよね。子供だからギャラが低い、そして使い捨てになっていく…。子役ブーム、というけど業界とかがブームを起こしている面も大きいと思うんですよね。

ちなみにあの消臭力のCM、背景は綺麗な街並みですが、あれには震災で苦しむ人々へのメッセージもあると聞きました。というのはあの景色はポルトガルのリスボンで、ここは1755年の大震災によって6万人以上が亡くなったのです。けれど美しく復興した…日本も希望を失わないで…という思いが、あの短いCMに込められているのだそうです。なんということでしょう…。

と思うと面白いだけのCMではないのですね。一見すると単純なCMですが、印象に残る良作だと思います。おじさん(ミゲル君と血縁関係はなさそうだが)もたまには流してほしいですw

不安は探せば探すほど不安になるというか、あら探しみたいになっていくから怖いですね。
Posted by みけ at 2011年10月18日 20:04
便利グッズって、どうしても必要な物じゃないし、よく考えると要らない物って気がします。なくて済む物というか、ゴチャゴチャありすぎると結局使いこなせない…。
Posted by みけ at 2011年10月29日 19:07
消臭力のCM、そうだったんですか〜。
それはちゃんと言ってくれないと分かんないですよね(^_^;)
そんな裏設定・・・。

>不安は探せば探すほど不安になるというか、あら探しみたいになっていくから怖い

これってまさに今の世田谷区のホットスポットですね。
測らなけりゃ分からなかったのに・・・(^_^;)

便利グッズ、見るとうわ、すごいwと思うけど
いざ買おうと思うと正気になり、未だ買わずにいます(苦笑)
Posted by うり at 2011年10月31日 07:38
あのシンプルなCMに深いメッセージが…って言われなきゃわかんないですよね(^_^;)。何でポルトガルなんだろう?とは思ってたけど私もそんな設定があるとは思いもしませんでしたw

しかし、すごく凝ったCMが全く心に残らないことの方が多いですが、この一見単純なCM、すごく覚えやすいし印象に残りますね。えらいもんです。

放射性物質に限らず、法的な規制とか何がどう危険であるかという基準も、いつ作られるかというのが…。日本について言えば、戦前戦後にはそんなのなかったんだし、後で危険性がわかった、例えばアスベストだって、それまでは先進国と呼ばれる国で散々普通に使われてた。でも主に肺の病気に罹って亡くなる人が多くて(かのスティーヴ・マックイーンもそうだとされる)、その後規制となった。

今騒がれてるラジウム瓶等も、原発事故がなかったら気づかれる事もなかったし、複雑な気持ち…。それらが捨てられた頃はそんな危険な物とは思われてなかったし、個人差があるとはいえ、そのすぐそばで何十年と暮らしてきた人達が特に健康被害がないとか、悩ましい問題です。つか日本のそこらじゅうにあっても別に不思議ではない物だからなあ…。

危険だ、となった途端に防護服で来られても、そこで普通に暮らしてた人からすると変な気分になりますねw

便利グッズは本当に使いこなせるか、そして長く使える(必要)なものか、といわれると要らないのが多いと思いますw 
Posted by みけ at 2011年11月03日 14:55
>危険だ、となった途端に防護服で来られても、そこで普通に暮らしてた人からすると変な気分になりますねw

ホントに(^_^;)
ただでさえ放射能アレルギーのある国民なのに、
今回の原発事故でそれが更に加速し、
今回のホットスポット問題でよりパワーアップしそう・・・。

何年前、何十年前からそうなのか分かんないんだから、もういいじゃん、という気がしますけどねえ・・・。

近くにないから言えるんだと言われるかもしれないけど、私なら気にしないです。
それよりも、そんなことに一喜一憂して生活したくないかな・・・。

Posted by うり at 2011年11月05日 07:52
>一喜一憂して生活したくない

そうなんですよねー…。あと、個人で調査して理解できる事ではないし、市民団体は思想的に偏ってるのでデータの信頼性にどうしても欠ける。そして、どこを責めてもしょうがないのだ。投げやりに聞こえたとしても。

ガイガーカウンターを持ち歩いて、そこらじゅうを測っている不審な人を幸いにも目撃した事はありませんが、週刊誌や新聞の切り抜きをコピーしてそこらじゅうに配っている奥さんがいるというのは聞きました。その人の家族は大変だろうな…。ワイドショー見て雑誌買ってコピーして…とか考えるだけで憂鬱になる。

まあ絶対安全、みたいに言ってた側も悪いですけどね。絶対のはずがない。だから「これだけの割合で事故があります」とか前に言っておけば、起こってから、「予測の範囲内です」って言えるのに、日本人は希望的観測で、責任ある立場でも危険を想定しない人が多いから怖くはなります。ふつう、絶対に事故は起こらない、とか言えないと思うんですけどね。
Posted by みけ at 2011年11月06日 21:05
絶対安全、言ってましたねえ・・・。
まあ確かに、何もなければ安全だったんでしょう。

だけど、こんなにも人間の力で制御できない魔物だったとは、これで思い知ったって感じですよね。

原発をつくるためにうまいこと言って作るお膳立てをしたんでしょうけど、気が付いたらこの狭い
日本に大量の原発があって、しかもその半数以上が稼働していないって(^_^;)

実際、電気が足らなくなるといいますけど本当に足らなくなるのか、疑問です。
本当は原発なくてもいいんじゃね?と思ったり。
Posted by うり at 2011年11月08日 08:09
風力も火力も、何でも環境を破壊するのは事実なので、そこを無視して希望のクリーンエネルギー!とか言うのもおかしいんだけど、反原発の団体も、そして推進派の団体も極端なのが気になります。

電気の使用量は確かに大きいけど、それらを国民全体で消費を我慢するというのは非現実的なので、企業側が省エネできる家電製品を開発するとかそういう方向でないと難しいのだろうな…。

何というか、人類の多くは電気も知らず、飢えて亡くなっていくと思うと、本当にバランスが悪いと思いますね。それを我々個人で何かできるわけでもないし…。何か悲しいです。
Posted by みけ at 2011年11月12日 15:52
さっき、原発運動で話題になった山本太郎さんが勝間さんと対談してたのを見てたけど、明らかにテンションが違う(^_^;)

言ってることは分かるけど、懐疑的・悲観的・理想論を追いすぎでは?と思ってしまった。
本人も自覚はあるらしく
「10年経って、自分がこういう発言で謝るのは構わない、それよりも「だからそう言ったじゃない」と言いたくない」と。

>人類の多くは電気も知らず、飢えて亡くなっていく

でまた都合がいいことに、実際問題、発展途上国が発展されるとマズイんですよね。電気も食料も足りなくなる。
本当は食糧援助とかじゃなく、技術援助をするべきなんだろうけど、それをしてしまうわけにはいかない矛盾。
Posted by うり at 2011年11月13日 07:39
そうそう、たとえばインドや中国の人達の全てが日本の平均的生活水準になるとあっという間に地球の資源が枯渇するという…。かといって彼らに発展するなとはいえないんですよね。今後民主化していくかもしれない中東やアフリカ…まあえらい先の話ではあるけど、そうなった時どうなるのか、つか民主主義、資本主義以外の「いいもの」は編み出せないのか、わけわかんなくなります。

今いわれているネット革命、というのもほんとに革命なのか? とか。 あれをやってるアメリカの人が、「ネットで総ての人々の意見を反映する政治を作る、そうすれば理想郷ができるんだ!」と書いていたんだけど、そんなはずないと思うんですよね…。ウェブでつながったために、こんがらがってるような気もしますが止められない。恐ろしいもんです。
Posted by みけ at 2011年11月13日 18:01
>ネットで総ての人々の意見を反映する政治を作る、そうすれば理想郷ができるんだ!

それはないでしょうね(^_^;)
聞けば聞くほど混乱するものだと思うので。

今回のTPPも、いろんな人がいろんなことを言ってるから余計に分からない。
もっとこちら側に分かるように意見をまとめてほしいです。

というか、政府側からもこういうメリットがある、デメリットがあるってことも示されないから余計に外野がうるさくなるのでは・・・。
Posted by うり at 2011年11月15日 16:45
民主主義の一番いけないのは、だめな大衆の意見も同じ一人の意見であるという事なのかも(^_^;)。それに、全員の意見なんか聞けっこない。そして民主主義は他の主義よりマシだから採用してるのであって、最良というものでもないですよね。

極端な格差は多くの人々の不満を呼び、国家を不安定化させる。でも共産主義みたいに失業者が存在せず(つまり不要な職業がたくさんあり)、仕事の量や質に関わらず全員が同じ額のお金をもらえて…となったら、皆無気力になるし、結局特権階級が生まれる事になる。でも皆でおなか空かせてるよりいいのかもしれない。だけど特権階級が富を独占するシステムを隠す為に、国民を監視し、すぐに支配者の考え一つで、国民を逮捕でも殺害でもできるようになる…。

中東の独裁国家も、ああいうモザイク国家で独裁は仕方のない面もあるし、民主化ってほんとに可能なのかと思ったりもする。アラブの独裁者が去った後は更に過激で複雑な背景の原理主義者がトップに立つのかもしれない。「強盗が別の強盗に入れ替わる」という言葉もある。

そう思うと、敗戦で全くなじみのない民主主義を簡単に受け入れた日本は異例中の異例のケースといえるんですよね。「人権」という言葉もなかったのに。

未だに日本語に翻訳できないのは「プライバシー」、だとかいうけど、概念は理解されていると思うし…。うーん、でも他人のプライバシーより、自分の、の方が大きくなってるかも(^_^;)。
Posted by みけ at 2011年11月18日 20:23
敗戦当時の日本は、アメリカから痛いゲンコツを2発も入れられて、もう受け入れるしかなかったのでは・・・。

プライバシーも一歩間違えるとおかしなことになりますからね・・・。
何にも手出しができなくなる、便利で厄介な代物だと思いますよ。
Posted by うり at 2011年11月19日 07:33
>もう受け入れるしかなかったのでは・・・。

そうした面もあるでしょうが、まず日本が単一民族・言語、そして宗教の力が弱かった(この言い方は語弊があるかもしれないが)というのがあったと思います。それと文化的におおらかだった。今の人も何も気にせずにクリスマスやハロウィンを受け入れ、宗教的な事は知ろうともせず、単に楽しむ道具にする、というのは批判もあるけどようは、天真爛漫なんですよね。クリスマスやハロウィンも、アメリカでは拒否する人が多い(というのはクリスマスはキリスト教徒のものだし、ハロウィンはケルトがルーツで、多くを占めるキリスト教徒、特に保守層からしたら受け入れられない、幽霊や死を崇拝するとして反対運動も起こっているする)けど、日本ではそんな問題は起こらない。

ただ、その天真爛漫さ、が海外と軋轢を生んだりする。宗教的な事が解らないのは仕方が無いとしても、だから相手のそれを軽んじてはいけないわけです。それは自己中心的とか内向きと言われてもそうだとしか言いようがない。そして、「日本人だからそういうのは苦手なんです:わからないんです」では通用しない。それは国内だけで通じる理屈であり、それが政治レベルで行われると取り返しのつかない事になってしまいます。

あと日本は和の社会、ムラ社会だから個のアイディンティティが弱い。中東なんかだと部族のアイディンティティが強すぎて国がまとまらない。独裁か、内戦か、という事態に非常になりやすい。そして政教分離ができないから、民主化が本当に難しいものとなってしまう。このへんを日本のメディアはまず報道していない。

日本があの時民主化しなかったら、今どうなっていたかと思います。仮に鎖国したままなら全体主義国家のまま貧しかったのだろうとか。今でも自給自足のできない国だから、日本の若い人は、個人の歴史観や感情問題よりも国家利益を、そしてナショナルゴールとは何か、という考えを持ってほしいものです。

外国はこう…と言っている人も、実は外国を知らない、日本語で書かれた日本中心の(つまり国内ウケする商業的な)報道などで染められている事もあるわけです。そういう人達の言うグローバル、というのは本当にウサン臭いんですよね…。
Posted by みけ at 2011年11月26日 15:40
なるほど・・・。

おおらかさも善し悪しですね。
しかも日本人って「分からない」って言ってれば逃げられる雰囲気もありますから、人によっては何でもかんでも「分からない」で済ませてしまう。
本人はそれで楽かもしれないけど、それを聞いた側はなんともイラつきます(^_^;)
でもそれもまた、日本人の奥ゆかしさなんでしょうか。

でも、海外と比べるだけではなく、日本は日本のよさをもっと守って、アピールするべきだと思います。
Posted by うり at 2011年11月27日 08:11
国内向けは脱原発。海外向けは原発容認。
それによってバランスを取ろうとする我が国の政府。海外は未だ々、原発の需要があるからです。
安心と安全性を高めることで信頼を得られるからです。つまりそれが需要と供給のバランス。
足りない部分を補ってあげることで双方に利益が生まれるから。
つまり我が国には主体的な国家像というものが元々存在しないんですよね、きっと。
僕は生来の天邪鬼体質なので、常に大衆世論の反対側に身を置いてしまう。世論とか正義とか正論が大嫌い。(笑)
でも、それによって無意識のうちにバランスを取ろうとしてるのかな?なんて思ったりします。
我ながら都合の良い性格ですよね。
物事を常に両面から捉える癖がついてますから。
それって実はとても大事なこと。
何が正しくて何が間違っているのか?
それを常に他者の視点で確認する行為は絶対必要であると思います。

たとえば沖縄防衛局長の失言。
「これから犯すときにやらせろとは云わない」。
この発言を最初に聞いたときは我が耳を疑うくらい不快感が生じました。
けれど一晩経つと、いつものようにもう一人の自分が首を出して疑い始めました。(笑)
それって、辞任に追い込んだ政府や腐ったマスコミこそ断罪されるべきなのでは?と。
本当の意味での主体性を持つということは、そういうことなのかな?と思います。
民主主義が正義なのかどうか疑う。脱原発が本当に正しい選択なのかどうか疑う。
疑うことは物事の真理を見つめるための第一歩ですよね。

立川談志が生前、こんなことを云ってたそうです。
噺家(芸人)が、高校生に向かって、電車の中で化粧をしちゃいけないよとか、売春はダメだよとか、業の克服を説くようになっちゃ世も末だと。

つまり礼儀作法と云う前提があるからこそ人間の業を容認する落語の世界が成立するわけですよね。
それって・・・つまり天邪鬼の容認なんですよ。



なんて・・・自分の天邪鬼的体質を肯定してみたりして。(笑)
Posted by riamn at 2011年12月02日 20:48
>うりさん

「わからない」で済むのは日本国内だけだと思うんですよね。何となくとか曖昧に、というのは特に国際政治では絶対に許されない。TPPでも、野田さんは考えたいからとかダラダラした挙句、「参加する」じゃなくて「参加への協議に加わろうと考えている」とか言う。どうやって翻訳して伝えるのか、相手にどう伝わるのか。内輪の事しか頭にない。

日本人は宗教とか人種問題についておおらかで、それは住んでる分には気楽なんですが、そういうのは一歩外に出たら通用しない。「自分はわからないので」と言って逃げられるのは国内だけだから、対外的には、日本はワガママに映るし、国内から見ると、日本は外国の言いなりになってるかのように見える。

「日本人は特殊なので」という事を理由に議論を避けて逃げてると、必ず卑怯だと言われるし、最後には無視されるようになる。特別日本だけに特殊事情があるはずがなく、どこの国にも特殊性があるけれど、外交は「国家が生き残る為」に絶対必要だからやっている。日本の人にはその考えが欠けてます。他の多くの国よりも、ずっと資源も何もないのに、それがなぜ解らないのか。戦後の経済発展と安定は、日本人が勤勉だったとか以上に、アメリカの傘があり、サポートを受けていたからだった。例えばそのスタンスをアメリカが変えれば干上がるのは目に見えているわけです。

日本の政治家は、海外に行っても日本国内の事しか見ていないから、馬鹿な事を言って揚げ足を取られたり、結局損して帰ってくるだけだったりする。外交って愛想ふりまいてるだけだったら、逆に世界中からひんしゅくを買いますよ。

世界はグローバル化して、相互依存はますます高まってるからこそ、個人的な歴史観や国内での人気取りのために不要な発言をおこなうというのは、まず避けなければいけない事ですね。それが次の世代に重荷を残さない事だと思います。最も大切なのは、日本という国家が今後も残っていく、という事のはずです。

日本の良さは、こちらから知らせなくても日本に魅力があれば向こうから知りたいと思うもの。アメリカは色々言われながらも世界中の関心を集め、時には命をかけて米国に来る人達もいる。亡命してくる人も、戦地に赴く人々も、アメリカに魅力があるからそれができるわけで、それがアメリカという国家を強くしている。

>riamnさん

主体的な国家像、全くないですね。だから問題が起こると右往左往してめちゃくちゃになってる。責任を取る事は辞任すること。不用意な事を言わない事。マスコミに気に入られる事。

日本は敗戦で民主主義を受け入れたかのように見えるけど、根っこでは民主主義が解らない。本当に民主主義のシステムがあったら、今のような政治にはなってないし、企業でもオリンパスや大王製紙のような事は起こらない。ナベツネだって存在しない。

民主主義は人類が生み出した最高のシステム、というわけではないけど、腐敗が生まれにくいシステムなのは事実ですね。人間は必ず腐敗するから。イギリスやアメリカにも問題はいっぱいあるけど、国が滅茶苦茶にならないのは、民主主義のシステムが確立しているからです。

中東は、政教分離ができないとか、あとはものすごいコネ社会とか、部族や宗派の違いなどなど複雑な問題が絡み合っているので、民主化できずに今後、自爆していくかもしれません。グローバル化は避けられないけど、それを受け入れる事ができなければ、世界にアジャストする事ができなくなって自滅していく。その流れの中である意味、精神的にはかれら以上に閉鎖的な日本人・日本も只では済まなくなるな、と思ってしまいます。
Posted by みけ at 2011年12月04日 19:57
riamnさん

>沖縄防衛局長の失言。

これはとんでもない例えだと思いますけど、
私も、こんな発言をせざるを得ない環境もあったんじゃないかと思いますよね・・・。
ただ、本当にもう少し言い方はなかったのかと、
それが残念ですね。

立川談志の言葉を聞いて、ビートたけしも同じようなことを言っていたのを思い出しました。
いつの日か、「いい人」な芸風になっている萩本欽一に対して

「お笑いのくせに、愛と涙ばっかりしやがって。
インチキくせえことばっかり。お笑いなのに何にもギャグやんないんだから。

大体お笑いなんて反逆的なことじゃない?
国に媚びるような芸人なんて面白くない」

とバッサリ書いていたことがありました。
私もこれは、欽ちゃんに対するモヤモヤ感が
スッキリした記憶があるんですけど、談志の言ったことと同じですよね。
Posted by うり at 2011年12月04日 21:46
みけさん

>責任を取る事は辞任すること。不用意な事を言わない事。マスコミに気に入られる事。

そうですね、そんな図式になるから、野田さんも何も喋ってくれないし、何がどうなっているのか全然わからない。
だから、橋下徹のように本気で伝えようとする
政治家に人気が集まるんですよね。
そして、マスコミも勘違いして糾弾する側に回る。
それを見ている視聴者もそのつもりになるけど、
冷静に考えるとそれもおかしい・・・。

>日本の良さは、こちらから知らせなくても日本に魅力があれば向こうから知りたいと思うもの。

本当にそうですね。まさか、日本のアニメやゲームがこんなに広まっていると思わなかったし、コスプレイヤーも外国人が多いし・・・(^_^;)
(ちょっと違うか)
Posted by うり at 2011年12月04日 21:56
ただ、日本のアニメや漫画が好き、という層は日本の古くからの文化には関心を持ってない傾向がありますよね。ポップカルチャーを好き、という人は他の国のものにも流れる事もあるし、日本の伝統文化に興味のある人は日本を研究する為に長く日本に滞在したりもする、そしてそういう人の方が海外に対して、日本の為に日本の良さを伝えやすい立場にある人が多いのですよね。

アメリカの市民権を得る為なら、戦地にも赴くという気概というのは凄いですが、逆に日本国籍がもらえるなら、北朝鮮と戦ってもいいよ、という外国人はまずいないでしょうね。総理の顔も見えないし、魅力を感じない。

曖昧というのは国内で良くても、外国では傲慢で卑怯に見える。問題は、それが日本だけにいると感覚として解らない事かもしれません。

橋下さんも、メディア向きの人というかそれで大衆が動かされると小泉の時みたいな嫌な感じがしますね…。民意、というけどそこには顔がない。日本のかつての全体主義なんかでも、他のそうした国と違って、曖昧なんですよね。何かをやる時も全体の勢いでやってしまったり、感情的にやっちゃうから、例えばドイツみたいに戦時中の記録がちゃんとある、という事がないし、戦後責任も曖昧にしたから未だにもめている。

「一億総懺悔」とか「過ちはもう繰り返しませんから」、というのはわかりにくすぎる。主語が無い。天皇とは何か、というのも「象徴」とするとシンボルとなってわけがわからなくなる。それで済ませてきちゃって、その時の人達はもう皆死んでるから、結局あとの世代がツケを払わされてるわけです。

日本の首相の発言も、いつも内輪の反応を気にして、どうにでもとれるような言い方をする。文書の作り方もそう。それが海外から見ると卑怯に見えるし、国民も外国の事はわからないから、で思考停止してる人が多いですよね。民主主義は多数決だから正しいとか、みんなで決めれば何でも良いというのはムラ的な全体主義としか思えないし。もともと民主主義を本当に欲しいと思って勝ち取ったわけではないから、「民主主義らしきもの」でなんとなくきちゃっている。経済発展はもう遂げたから、次の段階(民主主義の成熟)に入らないとほんとに生き残っていけなくなる。

「日本という国家が生き残る為」には何が必要なのか、そのための国益とは何か、というのを個人レベルで考えられるようになっていくことが求められている思います。
Posted by みけ at 2011年12月05日 20:31
全体主義と云うのは、多分農耕民族であるが故の生存本能なのでしょうか。
作物が実らなければ、生計が立てられない。
だから皆で知恵を出し合って協力し合うしか術がない。一人でも異なる意見の持ち主がいたら、目的を達成するための妨げになる。
だから横並びが求められる。一人ひとりがそれぞれの役割を振られて目的を達成するための駒になる。
それによって我が国は経済発展を遂げてきたわけですよね。それは決して間違ってはいなかった。
何故なら、我々一人ひとりにきちんと生かされている意味があったから。生かされている理由があったから。
でもそれが今やどんどん希薄になりつつある。
自分が生かされている意味がわからない。
だから欝になるのかな?

>「日本という国家が生き残る為」には何が必要なのか、そのための国益とは何か、というのを個人レベルで考えられるようになっていくことが求められている思います。

まさに我々一人ひとりの価値観が問い直されているのかもしれないですね。
馴れ合うのではなく認め合う。群れるのではなく寄り添う。それぞれが個として自立した上で相手の価値観に寄り添う。
それが本来の日本人の在り方だったはずですから。

なんだかどんどん混沌の森に入っていくみたい。

(笑)
Posted by riamn at 2011年12月05日 22:38
確かにねー。

日本では曖昧さが1つの文化というか資質になってるけど、これが外国で通用するわけない。

ハッキリ言えや。

って言われて終わりですよ(^_^;)

何にしても、もっと具体的に、こうすればこうなるとかこうなる可能性もあるがこちらの方がこうなるメリットの方が大きいからこっちにした、とかもっと分かりやすく伝えてくれないと。

『更迭しないようにしないことにした』

とか分けわかんなかったです。
(そもそも更迭って言葉も分かりづらい)

やたら枕詞が長いのも特徴ですよね。枕詞と
何でもない1文をプラスするだけで何となく話した気分になるから恐ろしい。
Posted by うり at 2011年12月08日 08:43
riamnさん

>自分が生かされている意味がわからない。
だから欝になるのかな?

うつ病の人、多いみたいですね。
私は申し訳ないけど全く理解できない立場なので
あえて言ってしまいますが、ある意味恵まれてるんじゃないかと思います。
自分の明日の生活も分からないような国では、うつ病はない、というのを聞いたことがあって、
要するにうつ病になってるどころではないというか。

時間がありすぎ、考えすぎて自分のありかとか考えすぎてしまっているのではと思いますが・・・。
Posted by うり at 2011年12月08日 08:52
なにも考えないほうが幸せですよね。
よく人の悪口を云うと必ず自分に還ってくるって言いますよね。それはその通りなんですよ。
でも溜めておくとどんどん悪臭を放ってくるんですよね。だから僕は吐き出します。他者に迷惑が及ばない範囲で。だから呟くんですけどね。(笑)

吐き出すことでクリーンアップされますから。
心の掃除ですよね。

だって悪口や噂話って、麻薬じゃないですか。
中毒になるくらい快感ですもんねっ。
それのどこが悪いんだろ?
「渡鬼」があれだけ大衆から支持される理由もそこにあると思います。
発散することで浄化されるじゃないですかっ。

考えないってことは実はそういうことじゃないかと・・・


考えすぎるとろくなことないですよね。
皇室を眺めていると、つくづくそう思います。

・・・(笑)
Posted by riamn at 2011年12月08日 21:29
>riamnさん

日本の中で培われた価値観、生き方を時代に即して変えようとすれば大変な思いをするし、葛藤もある。でもそれを避けて変化から逃げていると淘汰されてしまうというのは生物学的にも必然なんですよね。これまでもそれをできなかった者達は滅んでいる。優秀であるより、その環境に適応できるかで決まってしまっている。それが善か悪かは人間にはわからないし、いつか人間も、そしてこの星も滅びゆく。誰でも死ぬ。その一生の中で、どう生きるか? 物質的に恵まれたら、その先は?ど んな価値観を持つか? という問いや考えを持ったりできるのが、人間を人間たらしめるものだと私は思います。

国内でのウケを以上に気にする事で対外的な関係が悪くなるのは、日本が長く鎖国してきて、単一民族・言語・宗教の中で、つまり同じ価値観の中で内輪の事を考えていればそれで良かったという環境があったからだと思います。でも、それは外に出たら通じない。政治家ならなおさらですね。

そうした問題を感情的に済ますと、検証も何もできずに、次世代にツケを回す事にもなります。日本人は検証するのが苦手、では済まないと思います。

いっときの人気取りの為に国家の事を考えない人を責任あるポストにつけると、結局割を食うのは国民、それも弱い立場からとなる。

閉塞感があるからといって、改革とか維新、といっう言葉を弄ぶ人を皆で支持したら、つまり民意をタテに勢いで色んな事をやってしまって、法的にそれが許される、となればまさに衆愚政治となってしまうわけです。そしてその犠牲になるのは、民意だから、と勢いに乗った国民となります。かつての小泉改革によって、格差は拡大し、社会的インフラがは壊れてしまった。

この時、小泉さんを支持した人達は、今何を考えているか。何も考えてないと思います。あれの息子の追っかけでもしてるかもしれない。それも民意とすれば日本はまさに衆愚政治なんです。

>うりさん

相手が誤解する言い方は特に外国では避けるべきですね。その為に損するのは結局日本ですから…。曖昧に済ます、というのは日本人特有のものかもしれない。それはやはり先にも書いた、日本の風土とか環境によるものと思うけど、でも外の世界にたいして、「日本は特殊な国なんで勘弁して下さい」は通らない。それを繰り返してたら、「だったら特別扱いしてやる」って仲外れになるのがオチなんですよね。実際、日本は国際的な舞台で浮いている、『ぼっち』状態で危ないと思う。

英語にたいしても幻想がある。あくまで様々な国の人が集まった場合のツールであって、母国語以上に話せる人、というのはまずいない。そして、英語である程度交流できたとしても、自分の国の文化、相手の国の文化について語れない(日本のエリートとされる人達はこれも苦手とする)人間と何を解り合うというのか。そんなのがどうやって外国と渡り合っていくのか。

 鬱病は、脳内物質が不足する事で起こるとされているので、投薬などで治療をするし、他にも中枢神経系や内分泌系などなどの疾患で、そうした精神状態になる事もあるそうです。

日本では、自殺する方が毎年3万人以上いますが、その大半は鬱病を発症しているといわれています。自殺としてカウントされなかった方、そして未遂などなど含めると、鬱病で苦しんでいる方は相当多いと個人的には思います。

問題はクリニック側にもあるかも、です。というのは、例えばちょっと眠れない、不安感がある、落ち込む時がある…、と医師に訴えると、内科でも出す人は簡単に向精神薬を出すとこがあります。その薬を飲んでいる間に、依存状態が生まれ、本当の鬱病患者になってしまうという話も。薬価も高いですしね。市販でもある程度の物はありますが、それらが多く出ると、国が医師への目を光らせる(過剰に処方していないか)事もあります。

あとはメディアが、簡単にトラウマとかストレス、という言葉を出しすぎでは…。そういう言葉や概念がない頃の日本では、患者が今みたいに多くなかったですし。本当に鬱の方は脳の状態によって精神的に病み、死を選んでしまう(過労の果てに狭窄的な考えになって自死してしまうなどなど)場合もあるし、重大疾患の一つであると私は思います。

うりさんの言われているケース(恵まれているから…)という人も、多くいると思います。その為に本当に鬱病になっている人への目が厳しくなってしまう事があるのでは…。

私も知り合いに、お金持ちで毎日やる事がなく、医療関係の本やテレビを見てノイローゼになり、鬱として薬をもらうけど飲みたくないから〜、とあれこれ愚痴り、民間療法を渡り歩いて多額のお金を使い(もちろん旦那のお金)、ホテルでディナーやランチしてブランド物買い漁って…という人を知っているので、本人には言えないけど、ほんの少しでも働くとか、それが無理なら没頭できる趣味があればいいのでは(買物や食べ歩きの趣味ではなく、何か創造的なこと)とか思うんですよね。くよくよする時間がもったいなくなるだろうから…。

でも、そういう人の不安感を煽る商法があるのも事実、ややこしいことです。
Posted by みけ at 2011年12月10日 15:11
>問題はクリニック側にもあるかも

それはあるようですね。ちょっと気が晴れない
からと言ってうっかり心療内科とかに行ってしまうと逆効果、というのは聞いたことがあります。
出された薬に依存性があるものもあるようですね。

>簡単にトラウマとかストレス、という言葉を出しすぎ

私もそう思います。
生きてると多かれ少なかれいろいろあるわけです。傷ついたり、ショックを受けたり・・・。
そういうことがあるたび、心のケアを、って言いますけど、これは徐々に治っていく(というかおさまる)のが殆どですからねー。
トラウマ、ストレスを抱えない人なんていないですよ。

うつ病の解消方法として、私の友人が医者からアドバイスされていたことはまさに
「毎日何かやることを決める」ことだったそうです。
何時にはコレ、何時にはコレ、と決めることで嫌でも動かないといけなくなる。でも、当時の友人はそれさえも億劫がっていたのですが、そのうち子供さんの幼稚園の役員が回って来て、忙しくなったかと思うと見る見るうちに回復していきました。
そういうのを目の前で見てますから余計ね。
人間、時間を持て余すとロクなこと考えませんからね・・・。
Posted by うり at 2011年12月11日 19:50
気が滅入る環境が変わらない限り、抗鬱剤を飲んでも症状は悪化するんでしょうね。薬は重度の鬱病患者に必要なものとは思いますが、病院に行って、「少し落ち込む時がある」と言ってしまうと簡単に薬を出す医師もいて、飲み続けていると本当の鬱病患者になってしまい、薬なしではいられなくなってしまうと聞いた事があります。

この資本主義社会では製薬会社は病気を治すより患者を増やす事に重点を置いているのです…。イギリスのデビッド・ヒーリー医師は、『精神科の薬の開発は科学の衣をまとったマーケティングだ』とはっきり言っています。

抗鬱剤を飲むことによってジリジリ、イライラといった攻撃的傾向が高められ興奮状態となり、疲労しているのに眠れない日々が続き、自殺衝動を高める…という事も以前から指摘されています。それで自殺したとしても世間は、そうした人を弱かったからとかそういう人だったからといって処理してしまう…。

薬物の依存状態が続くと、やめた時の副作用も強いし、離脱症状に苦しむようになる。マスコミはすぐにストレスとか言って煽るけど、それを見た何割かの人達は病院に行く。生活習慣を変える、深酒をする人はそれを減らしていくとか、睡眠の質を高める為にそういう飲酒や喫煙をやめるとかで鬱状態から脱する人もいます。でも薬を常用するとそうした判断もできなくなるのでは…。
Posted by みけ at 2011年12月24日 17:12
読めない異国の文字は何か神秘的に見えるんですよねw 前に見た「ダーリンは外国人」っていうワイドコミックで、そのダーリンの一番好きな文字は『華』。神秘的で美しいそうで…。

あとこれは勘違いでは…と思うのが、リンジー・ローハン2枚目のアルバムですが、「新鮮」という事を言いたかったそうだけど、彼女の体に「生」という文字が映っているジャケットなんですw
あとはスパイス・ガールズのメラニーCが、当時はやってた「ガールパワー」という言葉を日本語でイレズミにしてたけど、「女力」と書かれていました…。

吸う時間ってたとえ5分にしてもまとめるとムダですよね(部屋が汚くて物を探す時間、もトータルにするとすごいはずだ)。頭がすっきりするというのも依存状態だからだし、それで仕事とかがはかどるのではなく普通の状態になるっていう事だし。吸い終わったあとも臭いですしね。吸っている時はわからないそうなので、難しい…。

いっそ国が、ニコチンの合法化は変えずに、注射でしか体に入れられないようにしたら、そのイメージの悪さでやめる人が増えるんじゃないかとw どんどん値上げするより(カードの自販機とかお金かけすぎだと思う)よかったりして。

綺麗、格好良いモデルが商品を良く見せるんですよね。同じ服でも着る人によって大違いなんだから…。それがわかっててもカタログを見ると「いいなあ」と思わせる仕掛けになっている。

「家政婦のミタ」まだ最終回見てないんですが、あの服装(ユニクロみたいなジャケットに帽子)も、きれいでスタイルの良い松嶋菜々子がやってるからかっこいいんですよねw あれは普通で真似したら、かなり怪しい人になると思うw あんなターミネーターみたいな家政婦が欲しい(違)。

「妖怪人間ベム」もいよいよ終わってしまいますが、柄本明は相変わらずすごいなあ。人間になる方法とは…衝撃の言葉。原作のイメージ、設定を崩すこともなくこれは個人的にヒットです。
Posted by みけ at 2011年12月24日 17:33
みけさん

私はお酒も煙草もしないけど、それでもやめた方がいいけどやめられないことってあります。
夜更かしとか夜中のお菓子とか(^_^;)

あーでも、これをやめろと言われるとホント辛いわ。
そういうことを喫煙者に言ってるんだろうか・・・。という気になってきました(苦笑)

>ニコチンの合法化は変えずに、注射でしか体に入れられないようにしたら、そのイメージの悪さでやめる人が増えるんじゃないかとw

笑った^^
これは効果的ですよ〜。
絶対にないだろうけど、そうなったらおもしろい(不謹慎ですが)と思ってしまいました(^_^;)

「家政婦のミタ」最終回、ようやく昨日見ました。
不覚にも泣いちゃいましたよ〜。感動的で。
まだ見ていないなら詳しく書きませんが、続編はなしの方向で行って欲しいですね。

ところで、ミタさんのジャケット、ユニクロっぽい^^ですが、実はちゃんとしたブランドなんですよ。
それが今かなり売れてるらしいです。
ダウンながら、体の線が綺麗に出るとかで・・・。
まあ、さすがにあの帽子を被る(しかも目深に)人はいないと思うけど、ホントただの不審者(^_^;)

「妖怪人間べム」は結局見られませんでした・・・。そんなに面白かったの?
今回のドラマは結構見てましたから、そこまでカバーできなかった↓
Posted by うり at 2011年12月26日 07:59
週刊朝日の最新号だったかな・・・
吉本隆明さんが寄稿していました。
それは脱原発・反原発に対する反論でした。
何故、人々はあの3・11以降、脱原発、反原発を叫んだのか?
それは放射能に対する怯えである、と。
我々は日常の中で普通に放射能を浴びて生活している。レントゲン写真もそうだし、大気中にも微量の放射能は含まれている。
でも人々はそれに対して恐怖を感じたことは無い。

にも拘わらず、原発から放射能が漏れたというだけで途端に大騒ぎする原因は、放射能に対する恐怖心であると提言していました。


ならば、その恐怖心を取り除く為には、原発の安全性を高めればいい。
そこに人類の英知を全て注ぎ込むことこそ、人類の正しい選択。

人類は常になにかを失うことと引き換えになにかを手にしてきた。
だからこそ今回の原発事故も更なる進歩の過程として受け止めるべきではないだろうか。


もしも原発を廃棄してしまえば、それまでの進化の過程を全て否定することになってしまう。

それじゃ、サルと同じである。


仮に原発を廃棄して代替エネルギーによる供給が実現したとしても、そこには別のリスクも生まれると思う。
ならばどんなリスクも怖れるべきではない、ということですよね。


なんだか昨今の世論を眺めていると、脱原発・反原発が一つの体制と化している印象を受けます。
原発容認イコール悪であると。

それは本末転倒ですよね。


坂本龍一や渋谷陽一などに代表される団塊の世代は、原発そのものを容認することが体制への屈服であると刷り込まれてきた事実がある故に、脱原発を叫ぶ意義をそこに認めるのでしょう。

でも若い人たちはもっと柔軟であってほしいと思います。

この世の中は多様な価値観に依って成り立っているんだという根源に立ち返って欲しい。

なにが正しくてなにが間違っているかなんて誰にも決められないのですから。

互いの違いを認め合う先に私たちの未来は開かれる。

少なくとも僕はそう考えています。
Posted by riamn at 2011年12月27日 21:26
すみません。上記のコメントに間違いがありました。吉本隆明の文章が掲載されていたのは週刊朝日ではなく、週刊新潮の最新号でした。http://www.shinchosha.co.jp/shukanshincho/newest/

Posted by riamn at 2011年12月28日 21:15
夜更かしや夜中のお菓子…あかんですよww

ミタの最終回見ました。よかったですね〜。三田さんが去っていくときに、思わずケンシロウを追いかけるバットのような心境になりましたが…。

キワモノ的面白さもあり、泣けるところもあり。三田さんの過去も悲しくて。ちょうどクリスマスで三田さん、サンタさん?みたいなのも良かったですね。

ベムは、最初、美形で若い長髪ベムなんて…。と思っていたけど(ダンカンが無理ならボビーでやれとか)、見出すと良かったですね。

原発ノイローゼは、いかに日本が義務教育の間に科学の基礎知識を国民に教えてこなかった、という事が明らかになった事例ですね。わからないから怖い、不安になる…。それによって過剰なな放射線対策に税金がつぎこまれる、それによって割を食うのはパニックを起こす国民…。悲しいものです。
Posted by 三毛灯(家政婦のミケ) at 2011年12月30日 16:20
riamnさん

吉本隆明さんと言えばチェルノブイリの時にコラム本が話題になってましたね・・・。
先日もたけしの番組でいろいろな人がそれぞれの立場から激論を交わしてましたけど、聞いてると全部正しい気がしてくるので余計に分からなくなりました(^_^;)

ただ、本当に持論ですけど原発なくても電力は足りてるんじゃ・・・と思っていたり。
Posted by うり at 2011年12月31日 20:04
みけさん

ミタさん見ました?
よかったですよねー。
次に続く感じもありましたがこれは続編はないなと。
不器用ながら笑顔があったり、やれと言われたことは何でもやらなくなった三田さんを見てもねえ・・・。

Posted by うり at 2011年12月31日 20:07
シリーズにはなりにくい内容ですよね…。人気があると当然続編や映画の話もきてるんだろうけど。最終回で次にミタさんが訪れた家は荒れ果てていたけど、たとえばそんな社会の病理をミタさんが解決していくのはどうも変だし、喪黒福蔵みたいになっていくのもおかしいしw

あのダメオヤジと結婚もしてほしくないし…。そして幸せになってしまったら、あのミタさんは見れなくなってしまうし。
Posted by みけ at 2012年01月08日 12:45
そうなんですよ。

そもそも、これまでのミタさんをあの親子に封印されてしまいました
からねー。
そこで前のミタさんに戻ると、視聴者も裏切ることになるし。

ミタさんはあの荒れた家でどうしてるんかなー、と
考えるくらいでちょうどいいかも^^
Posted by うり at 2012年01月09日 22:41
ですね。映画もちょっと想像できない。

しかし浮気相手の女の子は一人ヒサンだったような(妻子持ちの男性と不倫→その妻自殺→そこの家政婦が職場に来てそれをバラされる→退社→寒空の下、クラブのチラシ配ってる)。あと隣の家のおばさん。そして結婚式場から花嫁連れ去られた人(ダスティン・ホフマンの「卒業」かw)とか。

松嶋奈々子は古賀新一の描く美人って感じ。
Posted by みけ at 2012年01月15日 13:57
(笑)

私もそれは思いました(^_^;)
まあでも、不倫絶対反対者にはスッキリする状況だったのかも
しれませんけどね〜。

あの女の子は、野波麻帆さんで、以前堂本剛くんが出ていた
ドラマ「33分探偵」にも出演していました。
かなり天然ボケの役だったんですけどとても可愛くて、
我が家ではまだ彼女のことをその時の役名『アイちゃん』と
呼んでいます。

>結婚式場から花嫁連れ去られた人
イコール、お父さんをバカにしていた人だったですよね。
視聴者的にはこれまたちょっとスッキリするシーンだった・・・かも?


>松嶋奈々子は古賀新一の描く美人って感じ。

おおお。ここで古賀新一が出てくるなんてさすが^^
ちょっと影があって、儚い感じね。
Posted by うり at 2012年01月17日 13:03
>野波麻帆

そうそう、名前がつい出てこず失礼しました。可愛いですよね。不倫はいけないけど、片方だけが悪いんじゃないしなあ…。と思いましたw 一人だけかわいそうで。

>結婚式場から花嫁連れ去られた人

こけかたが面白かったw しかしこういう場合、結婚式場は迷惑だろうなあ…(^_^;)。

古賀新一の描く美人を見ると、何か松嶋菜々子を思い出すのですw
黒井ミサに似てる。この人の描く女性はみんなどこか影があって儚げなんですよね。
Posted by みけ at 2012年01月17日 22:13
>不倫はいけないけど、片方だけが悪いんじゃないしなあ…。

確かに^^
ただ、視聴者目線で言うとどうしてもアイちゃんに批判の目が集まるんでしょうねー・・・。
お母さんも死んじゃってるし。

>しかしこういう場合、結婚式場は迷惑だろうなあ…(^_^;)。

なんかのスレで読んだけど、意外と結婚式場でのトラブルってあるらしいですよ。
ホントに花嫁、花婿さんが当日消えたとかドタキャンとか。

エコエコアザラク、大好きだったなー。
これ、映像化されてるけど菅野美穂出演(黒井ミサ役ではない)のが
特に凄いです。
演技力がありすぎて、完全に主役を食ってしまってました。
Posted by うり at 2012年01月19日 09:36
式場のドタキャン、人もたくさん集まってるのに意外にあるのですねえ…。そういう場合、当然式はできないし、うーん、用意された料理とかどうするんだろう?気になってしまいます(^_^;)。

菅野美穂は演技力のある良い女優さんですよね。可愛らしさもあって。女優(俳優)って、色んな面がないとだめですね。その中で特に大切?と思えるのが陰のある感じ。深みというか。「演じている私」が全面に出てしまってるとわざとらしくなるというか、要は演技が下手というか…。画面に映っている私を意識しすぎてる感じの人とか。
Posted by みけ at 2012年01月21日 12:38
出された料理・・・。ン十人分とか、ン百人分とかね。
スタッフ総出でも片付けられないだろうけど、こういう冠婚葬祭の職業ってちょっと興味あります。
特に葬祭業とか・・・。
今、講師業で人前で話すのは慣れたのでこういうお仕事も悪くないなあと思ったり・・・。

女優さんは好みもあるので何とも言えないけど、最初はヘタでも、段々と上手になっていくのを見られるのもなかなかいいですよね。
たとえば、戸田菜穂、稲森いずみの出始めの頃は本当に棒読みで、
見ていられなかったんですけど、作品ごとによくなってくのを覚えています。
Posted by うり at 2012年01月24日 20:03
葬儀は色々な人の面が見えるというか、大変だけど深そうですね。遺品整理業者とかも私は気になったりします。遺体の扱いは難しいですが(生物は死ぬと腐敗が始まるし、扱う方はその人が病気だったかというのもわからないから、死後でも感染の可能性もある等々)手袋や消毒は遺族感情を害するしできないんだろうなとか想像する。それとか引き取り手のない遺体というのも増え続けている。

死んだ後の事は、本人は何もできないけど、その扱いから現在の社会のありようがいくらか見えるような気がします。

マーティさんは日本の芸能人について、「未完成の部分が僕は好きです」と言っていました。たしかに、アメリカでは初めから「完成品」が出てきて(デビュー前に経験を積んで実績もある)、それが経験で円熟していくという、最初から優れている上に抜きん出たスター性がある、というのが当然の世界で、どこまでも実力主義だから、日本のような未完成のものが、下手だけど頑張ってるとか上手になってきたなというのはない。プロの世界だから本当は日本はおかしいんだけど、そこからキワモノ的な面白いのも出てくるんですね。日本の場合アイドルは、自分の子供か孫みたいな感覚で見ている人がけっこういるから、下手なほうがかわいいとか身近、という風になる。それが毎日のようにTVやCMにに出ているから、スターという感じはしないけど、ワールドワイドな活動をしているわけではないし、いいんじゃないのと私は思います。

むしろ日本は圧倒的な才能なんかは嫌われるんですよ。抜きん出た人が嫌い。それを良い悪いと論じるのは私は好きではないんです。そういうのが日本なんだし、芸能はともかくスポーツでは世界的なアスリートがいっぱいいるから恥ずかしいとも思わない。

ところで、きゃりーぱみゅぱみゅの「つけまつける」のメロディが離れませんw これ、北欧でもヒットしてますね。メロディは北欧好みの昔からあってもおかしくないテクノっぽい感じだけど、服装やらが日本のそれっぽい感じで気張ってない感もいいですね(^−^)。 

日本から海外で受けよう!と思ってやったようなのはみんな失敗してるんですよ。例えば外国の人が、日本の事をよく知らないのに「日本で受けよう」と思って日本ウケを狙ったものがあったとしたらつまらないでしょう。そういうのを全く意識せずにヒットが出した由紀さおりが、良い例ですね。坂本九のスキヤキ(上を向いて歩こう)だってそうだった。そんなもんです。
Posted by みけ at 2012年01月24日 21:22
なるほど、そこが日本の芸能界の稀有な部分かもしれませんね。
最近話題の韓流にしても、完成度の高さは感じます。
だけど、隙がない。

日本では、最初あどけなかった子がどんどん垢抜けて成長して・・
というのが目の前で見られるのが魅力なんでしょう。
それを分かりやすくライブ化したのがAKBではないかと。

>圧倒的な才能なんかは嫌われるんですよ。
入りこめない感じですかねー。自分が応援しても受け入れてもらえない
ような感じが(^_^;)
宇多田ヒカルなんかも、デビュー時13歳(だっけ)だったから受け入れられたからかもですけど、人とし取っていれば受け入れられなかったかもしれないですね・・・。

つけまつける(笑)そう言うから私も回ってきました(^_^;)
これは完全作戦勝ち。彼女の名前だけでしばらく考えさせるところで、
術中にハマってます。
作家にしても、ちょっと変わった名前にするのとそうじゃないのとでは
認識度が全然違うらしいですね。
最近、沼田 まほかるさんという作家さんがいますけど、しばらく本の
広告をじいっと見てしまいましたもん・・・。
これが、沼田まほ だったらそうでもなかったかも。

>日本から海外で受けよう!と思ってやったようなのはみんな失敗してるんですよ。

なんでしょう、見え見えみたいな感じなのかな?一応、ドリカムにしても松田聖子、宇多田ヒカルにしてもかなりのリサーチ、戦略を持ってやってたんでしょうけどなかなかですよね。
その代わり、パフィーは意外なところから認知されてるし、由紀さおり
もそうだし、特に今はアニメ系はすごいことになってますね。
Posted by うり at 2012年01月26日 08:49
たぶん欧米とかでは、自分とは比較にならない凄い才能、というのを「讃える」感じなんですよね。だから多くの人は未熟とか下手というのを認めない。どのジャンルでも厚い層の中から抜きん出てくるから完璧。それが日本のゆるい感じだと完全すぎて…となるのかも。

でも欧米の人、というより向こうのショービズ界がそういう厳しい、質の高いものであるという事で、だからあちらは全世界が照準になっていて、それで成り立っている。でも向こうでもたとえばAKBみたいなのをやったら、それが面白いとか、大好きになる人もいっぱいいると思うんですよね。マーティさんも、アメリカのショービズ界の中でメジャーバンドにいて、そうした「完璧さ」も良いけど日本の不完全さ、育てる感覚が面白い、と思ったそうで…。どっちが優れてるというより好き嫌いでいいと思うんです。

マーティはセリーヌ・ディオンのタイタニックのテーマとかああいう大ゲサな曲が嫌いなのだそうですw いかにもアメリカンな壮大バラードですね。そしてセリーヌの歌の上手さは凄まじいものがあります。彼女はツアー中、声帯の酷使を防ぐ為なのか、私語はせず、すべて筆談で済ませるのだそうです。ライヴでもレコーディングのそれを聴いているかのよう。

たしかに日本のアイドルの歌唱力、あとは口パクなんか見てるといたたまれない時もあるのですが…。

名前ってありますね。ナオコーラとかああいうの、何だろうと思うw
平凡すぎて覚えられないのよりはいいのかなあ…。

きゃりーぱみゅぱみゅ、何という名前…と思いましたw 今私の頭の中はこれと、AKBの GIVE ME FIVE! ですw こちらはやたら色んなとこで流れてるからかもしれないけど、これまでの曲より何か私は頭にくっついてくる。

松田聖子とかすごいお金をかけてリサーチもしたんだろうなあ…。1枚目の海外アルバム(「Seiko」)は欧州でウケそうなダンスポップアルバムで私も好きでしたが、2枚目はアメリカをかなり意識した、ジャケットもそんな感じだったなあ。あちらは野球でも何系アメリカ人、の感覚だから、アジアの顔ゆえに不利、という事は多少はあるけど(というのはアメリカではアジア系の人は少数、マイノリティなので)、実力があれば評価されるものですからね。シャリースとか良い例かも…。

日本は、向こうで受ける場合はメインストリーム系ではなく、パフィーとかきゃりーぱみゅぱみゅみたいな方がいいんだろうな。それが日本っぽい感じで良いな〜と思います。
Posted by みけ at 2012年01月26日 21:30
マーティーさんならではの視点って面白いですよね。
音楽評、芸能評って読むの好きなんですけど、
特に彼のような人がどう日本の音楽シーンを評価しているのか
とても興味があります^^

「Seiko」は私も好きでした。聞きやすい曲も多かったし。
だけど逆に、ショービズの世界に飛び込もうとするとその力の違いは
歴然としていたのではと思います。
ルックスも、どこもかしこもぺったんこで、欧米人から見ると
子供っぽく見えたのではと。

だからと言って、それを意識したその後の松田聖子はどうしても
好きになれないんですよね。
彼女は、セルフではなく誰かにプロデュースしてもらった方が
絶対にうまく行くと思う。

>日本は、向こうで受ける場合はメインストリーム系ではなく、パフィーとかきゃりーぱみゅぱみゅみたいな方がいいんだろうな。

でしょうねー。だけど、どうしても正統派で攻めたいんでしょうね。
気持ちは分かるけど、壁は厚いわ・・・。
Posted by うり at 2012年01月29日 23:21
海外を意識してしまうと対象があやふやになるんでしょうかねえ・・・。標準の幅が広すぎるというか。正統派でいくのは難しいですよね…。

聖子は、『Seiko』でデビューする際、あちらに行って、なんと14歳くらい?と言われたらしいです…。当時何歳だったっけ(^_^;)。アジア系はどうしても童顔なんですよね。

最近なぜか聖子の「瞳はダイアモンド」が頭をリピートします。

マーティさんはアメリカのショービズを肌で知っていて、なおかつ日本のカウンターカルチャーも大好きで日本の芸能界にも通じ、当然日本語も通暁している…。その視点って考えるとすごい貴重ですよねw
時々、「マーティさん、何やってすんすか…」 って思っちゃうけど(^_^;)。
Posted by at 2012年02月08日 21:41
上、名前書き忘れましたすみません。
Posted by みけ at 2012年02月08日 21:42
全米と言うと、最近話題の赤西くんも全米ツアーとか
言ってますけどどうなんでしょうねえ〜(^_^;)

彼の場合、KAT-TUNを成り立たなくさせてしまったという
贖罪がありますからねえ〜。

そこがマーティーさんの面白いところだと思います。
本物の余裕というか。
だから面白い♬
Posted by うり at 2012年02月11日 13:11
全米ツアーってほんとに全州かそれに近い数を回るのでしょうか?何かそれは想像がつきませんが…。そして何かゴタゴタがさらに何かみたいですが、今後どうなってしまうのでしょうか。

「マーティさん何やってるんすか…」と思ったのは、変なコントの後ろで流麗なギターを奏でていた時と、アメリカの何人かの友人に『なぜ「みこすり半劇場」が面白いのか、を説明してもなかなか解ってもらえなかった』って言ってた時ですね(^_^;)。『男のキャラが、好きな女の子の入ったおフロのお湯を飲むっていうシチュエーションが理解されなかった。何でそんな事をするの?って。アメリカは間接キッスっていうのもないからね』との事。日本人みんながそんな事をしているわけではありませんが妙な誤解が生まれていない事を願うばかりです。

多分、由紀さおりは30代くらいにしか見られてないような気がする。
Posted by みけ at 2012年02月12日 13:14
全米ってどこからどこまでを言うのでしょう。
全米が泣いた!とか、実際のところは分かんないですよね。
でも、全米と言われると、私たちのようなちっさい島国に住む
国民はひれ伏すしかないわけです(^_^;)

例えばナントカ州の小さなライブハウスばかりを
ぐるっと回っても全米ツアーと言うのでしょうか。
それはそれでまた面白い。吉田栄作の武者修行に通じるものが
あります^^

マーティさんの感覚って日本っぽいのかな?
それとも、毒されてしまったんでしょうか。
でも、それだけ感覚が違えば笑いのツボなんかも違ってて
当たり前ですよね。
アメリカのコメディドラマを見ても、笑う場所が分かんなくて
ついてけない、みたいなもので。
Posted by うり at 2012年02月14日 08:32
みこすり半劇場なるものをマーティさんによって知りました…。このひと、日本のオタクが間違ってアメリカに生まれたんじゃないのかと会話から思う事も…。日本語の上達がほんとに早いところからも、本当に好きなんだなあ、と思うのでした。

「全米が〜」って最初に考えた人(日本のイベント屋か何かだろう)はたしかにすごい気もする。 別に「全オランダ人が泣いた」でもいいけどやはりアメリカ。でもほんとにそんなにアメリカ全土の人達が支持してる娯楽ってないよね…と思う。アメリカンフットボールですら、「全アメリカ人」を熱狂させているわけではないし…。

日本全国ツアー、というのは各地をどれくらい回ればそうなるのかとも考えます(^−^;)。

国土でいうと、アメリカは日本の25倍の広さ、カナダは27倍、ロシアに至っては45倍。日本が25倍の広さだったら…と想像すると、その大きさは何となくわかった気になりますが、そこの人間をまんべんなく泣かせた映画というのも存在する気がしないですw 泣けば良い作品ともいえないし。アメリカ本国より、日本国内作品で「必ず泣ける!」とかいうアオリは何かイヤです。

ただ、アメリカの大衆文化が世界を席巻するのは今も昔も変わらず、欧州のシンガーらはもちろん、その他の国々の人々はやはりアメリカに進出したい。そういう磁石のような魅力があり、今後もそれは変わらないでしょう。そうやって世界中の才能が集まり、それが世界に広がっていくのです…。

ホイットニー・ヒューストン死去…。彼女の歌声は人類が存在限り残っていくものとはいえ、何というか悲しいニュースです。安らかにと祈るほかはありませんが、元夫のDVとか嫌な話です。葬儀に来て暴れたとかうんざり。

映画『ボディーガード』が公開された頃、友人が、「この映画って大歌手のホイットニーが歌手の役をやるから面白いけど、他の歌手だったら凄さがわからないよね」 と言っていました。

すでに7曲連続で1位を取り(この記録は未だ破られていない)、全世界で大ヒットを飛ばし続け頂点にあったホイットニーが映画、それも主演で、その主題歌は彼女が歌うカントリーのカバー曲、リスクが高すぎると誰もが思ったけれど、ディヴィッド・フォスター(世界中のアーティストに曲を提供。松田聖子も含む)は強気だったとか…。そしてホイットニーはその頂点を更に超えてしまったのでした。その時まだ20代、天才の輝かしい栄光の中には凡人には理解できない苦悩があったのでしょう。

5枚のオリジナルアルバムと、映画サントラ3枚。どれも圧倒的に素晴らしく、彼女が打ち立てた偉業は永遠に輝き続ける事でしょう。ありがちな言葉ですがこのくらいしか言えないです…。 R.I.P.
Posted by みけ at 2012年02月19日 16:23
>「全オランダ人が泣いた」

吹きました(笑)
何でしょうね、この違和感・・・。
でも、あの国土の広さを考えると全米とひとくくりにするのも
どうかと思いますよね。
それでも、確かにアメリカのトップシンガーは世界のトップシンガー
となるわけで・・・。
この違いは一体どこから来るのでしょう。
今、K-POPが騒がれてますけど、これはどう見てもJ-POPが元になってるだろうし、そのJ-POPは根っこには洋楽があるとすれば、
やはり洋楽には勝てないのかという気はします。

ホイットニー、亡くなりましたね・・・。
マイケルジャクソンにしても、頂点に立つのは、
傍から見ると天下を取ったものと同じで羨望するしかないのですが、
一体どれほどのプレッシャーを抱えているのか。
同じ場所に立ち続ける怖さとか、凡人には考えられない何かが
あるんだろうと思います。
Posted by うり at 2012年02月20日 20:04
世界的な名声を手にすると、そこに群がる色々な人がいて、利用されたり裏切られたりする事もすごくて…。そして常に人目に晒され、ある事ない事を書かれそこで金が動き…。賞賛されてもその盲目的な、崇拝ともいえる視線に耐えられない人もいますね。

そうした栄光を受け入れる事ができなかった事でも知られるカート・コバーンはその遺書の中で、
『バックステージにいて、客電が消え、観客の叫び声が聞こえ始めても俺はもう感動する事ができない。その事について、もの凄い罪悪感を感じてる。人々の熱狂や崇拝を愛し、楽しむ事ができない、(中略)楽しめないのに楽しいフリをして、皆をだますなんて最悪な事だよ。俺は誰一人としてはぐらかしたりしたくないんだ…(中略)。

時々、タイムカードを押してステージに上がるべきじゃないかって考える。俺は(大衆の崇拝を)感謝して楽しむために力の限り努力したし、実際感謝してるんだ、信じてほしい。でも100%ではない。俺は自分が多くの人を感動させたという事実をちゃんと認識してはいる。痛みを感じすぎるのかもしれない。誰もが善を持っている、だから死ぬほど悲しくなるし、感じすぎてしまう。あらゆる人間への感情移入を取り払えなくて…(中略)。

どうしてただ楽しめないんだろう?わからない(中略)。俺は余りに気分屋で、もう情熱が失せてしまった。一気に燃え尽きた方がましだ(後略)。』

27歳になった約一ヶ月後の自死に、世界は衝撃を受け、こんな悲劇を繰り返してはいけないとかあれこれ言い、数え切れない噂や憶測、ゴシップが長く流れました。でもメディアの貪欲さはこうした悲劇も呑み込んでその強欲さによって肥大化しているのでしょう。

 >アメリカのトップシンガーは世界のトップシンガーとなるわけで・・・。この違いは一体どこから来るのでしょう。

アメリカの場合は多民族国家、それもアメリカに魅せられて移民してくる人々によって成り立っているという部分が大きいと思います。だからその人達にアピールするには大きな仕掛けがいるし、そこでのスターはあらゆる意味で抜きん出ていなければいけない。日本の場合は、皆が集まるだけで何となく盛り上がる空気が常にあって、サクラに並ばせればそれなりに人が集まったり、「みんなが持ってる」、「今、流行の」といえば飛びつく人達もいっぱいる。

日本の場合は団体になった時点で気分がのってしまう部分がかなり大きい気がします。

でも皆が違って、言葉も(英語を話さない米在住者も多い)人種も宗教も違う、受けた教育も違う人々をまとめるには、ものすごいパワーが要る。ラスベカスにコロセウムを作って、シルク・ド・ソレイユとセリーヌ・ディオンが同じステージで一緒に連日ライヴをやるとか、スーパーボウルにマイケル・ジャクソンが来て歌って踊るのを一億数千人がテレビで見るとかいうのは、やたらスケール大きいけど、それくらいやらないと皆が注目しないし、まとまらない。それだけの
人達にアピールするものだから、世界中で受け入れられるといってもいい。

そういう意味で、海外進出を目指す日本の歌手やその関係者は、そうした視点が欠けているように思えてしまうのです…。

大統領選でもすごいでしょ。2年くらいかけて全米(まさに全米だ)をまわって、自分の主張をアピールして徹底的に討論し続ける。アメリカ市民はそれを見て誰に投票するか考える。色んな候補が出てきて、いいなと思っても醜聞で消えていったりと、足元をすくわれていく。最後に残った2人がさらに討論を重ね対決し、その勝者が合衆国大統領となって世界を変えていく。

日本の総理大臣は3日間、実質は数時間で何となく決まり、海外の誰も注目しないし影響力もない。そういうのと感じが似ているような気がします。
Posted by みけ at 2012年03月03日 22:04
カート・コバーン、初めて聞いたので、ウィキで読みました。

そうですね・・・。確かに、あれだけの羨望、嫉妬、あらゆる
人の思いを受け止めなきゃいけないというのはどれだけの
精神的強さが必要なのか・・・。

日本の狭い芸能界でさえそう思うのに、ショービズのトップ
での重圧はどれほどのものなのかと思います。

そう思うと、やっぱり日本は島国で、小さな国なんですね・・・。

自分がもし、人種のるつぼのような国で生まれ育ったなら、
どれほど価値観が違うんだろうと思います。
Posted by うり at 2012年03月04日 15:41
生まれた国で意識、ってそれこそ別物に変わってしまいそうで妙な気持ちになります。大国ゆえに小国のメンタリティは理解したいと思っても難しく、その逆も然り…。ただ、日本はずっと鎖国してきたというのがあるから、全く価値観の違う人達と交流すること自体が困難とか、やりたいと思わない、という大きな壁があると思います。それでこれまで良かったけど、経済がグローバル化すると、まっさきに取り残されてしまう、というかもう取り残されてると思うし、外れすぎてしまってそれに気がつくことも難しいというか…。

自分がくしゃみをしただけで世界中のメディアが取り上げるようなのってどんな感覚なんだろうかと思いますね。今回、ホイットニーが埋葬される時の写真も撮られたりして、そうしたマスコミの貪欲さといいますか、世界中のパパラッチがお金目当てにそうした事をする為に集まってくるわけです。

人間の強欲さが怒涛のように自分に押し寄せ続ける感じなんだろうか。素晴らしい才能を持った人達が、心の平安を保って幸せに生きるというのがこんなに難しいというのが悲しい事に思えます。
Posted by みけ at 2012年03月04日 19:44
>自分がくしゃみをしただけで世界中のメディアが取り上げる

スケールが違うかもですが、今回の中嶋知子さん騒動でも言えますね。
他に芸能ネタがないのと、ワイドショー向けのネタなので仕方がないかもですが、進展もないし、本当のところはどうなのか全く
見えないのに連日報道とは・・・。

これをダシに時間枠を取ってるとしか思えないです。

>素晴らしい才能を持った人達が、心の平安を保って幸せに生きるというのがこんなに難しい

それはやっぱり、普通に生きていても難しいんじゃないかと・・・。
才能を持った人は、やっぱりどうしても羨望と嫉妬の対象になりますからね・・・。
メディアに乗らないとしても、小規模な世界でそれなりに葛藤があると思います。
それもふまえて自分の才能に君臨できる人が頂点に立てるのではと・・・。
Posted by うり at 2012年03月07日 08:42
カート・コバーンは、かつての友人の手前、車を買い換える事ができなかったとかいわれていましたね。自殺の時も身元がすぐわかるよう、免許証などの身分証明書を近くに置き、血で汚れるので流しやすいタイル床の部屋を選び、バケツもモップも置いてあったといわれています。彼を知る人は『余りにも繊細すぎた』と言ったそうですが、そこにたかる人達の強欲さも敏感に感じ取っていたのではとか思います。

体の調子が悪いので、もうツアーの予定はしばらく入れないと約束もしたのに、欧州ツアーが入っていたとか、彼の死を知ったレコード会社はまず、ニルヴァーナのアルバム等のプレスを増やすよう指示して在庫を確認したとかあれこれ…。そしてそれをネタに今も真偽不明の本や映画が作られる…。彼はそういうのも想像しただろうかとか。

ホイットニーが亡くなった時も、これをすぐに明らかにするとグラミー賞開催のネタがつぶれてしまうとの事で少し隠されたそうです。彼女が亡くなった部屋の階下では、それを知らない関係者達がパーティしていたとか。

エルヴィス・プレスリーも違法薬物ではないけど、担当医師によって強い薬物を大量に処方されていて、それは半年間で1000錠を超える様々なカプセルだった、といわれています。マイケルにも担当医がいて、常に一緒にいたけれど、結局それで亡くなってしまった。

スーパースターの孤独といえばそれまでですが、アメリカの場合、巨大になりすぎたシステムのいびつさが生身の人間を破壊していくような気がしてなりません。
Posted by みけ at 2012年03月24日 16:33
そう聞くと、目に見えない何かに押しつぶされるというか、そういう感覚なんでしょうか。

日本でも、スケールは違いますが尾崎豊なんかが
一番に思い浮かびますね。

そういうスタッフも、ひとりひとりは普通の感情を持った人たちなんでしょうけど、ひとたび組織となるとまた違う形になる。
怖いことですね・・・。
Posted by うり at 2012年03月27日 01:32
世界中の人が注目し、それゆえお金が集まる…というのが人間をおかしくさせるのかな。世界的なスターのゴシップを追うだけの仕事の人達がいて、それぞれマイケルならマイケル専門とか、ホイットニー専門、といて、「MJ(マイケル)のネタなら何でもいい、デマでもいいんだ!記事が売れるんだからな!」という彼らの会話が出た事もあります。そしてそのスターが死ぬと、追悼商法に明け暮れ、それが落ち着くと別のスターに巣食う。

マドンナは、94年にカートが自殺した時に、インタビュアーにその事を聞かれ、「栄光が嫌だなんてそんなのは嘘」と言い、その後、Drowned world/Sustitute love という曲のPVで追いかけられるスターの苦悩を映像にした… けれどそうした事ができる、というのはその栄光と折り合いをつける事ができている、という事なんだろうかなと思いもした。05年の彼女のアルバム『Confessions on a Dancefloor』の中の曲では、「私は注目の的になる為に全人生を賭けてきた 光の中で自分の名前を見る為に ほとんど全ての事を達成した …それだけの価値はあった? どれだけの富が手に入る? これ以上良いことはある? 永遠に続く物など何もない これを続けるべき? 私が死んだ時どうなるの? 功績や富にどんな意味がある?」 とも歌っていた。スーパースターしかわからない苦悩があるけれど、彼女は元々それを求めて、才能があり、そこに邁進したから、人々の好奇の目に晒されながらもスターであり続けている。でも、すば抜けた音楽の才能があっても、スターである事が嫌な人間もいる。自殺という悲劇はそこから生まれたはずなのだ。

ジョージ・マイケルは、「スーパースターが持っている≪何か≫とは何ですか?」と質問され、『スターに何かがあるのではなく、スターには何かが欠けているんだ』 と言い。レディー・ガガは、『私が栄光を作り出したのではなく、栄光が私を作り上げた。その違いがわかりますか?』と言った。

日本のスターというのは、俳優でいえば石原裕次郎以降、スターがいなくなったと思います。尾崎豊はミュージシャンとして語り継がれていくけど、それは単に夭折したからではなく、語り継がれるものを持っているのでしょう。芸能人がどんどん出、活躍しているように宣伝されて「新作」が乱発されても、何も残さない人たちの方が圧倒的に多い。

日本の芸能システムは本当に行き詰っている、芸能事務所とメディアの関係が密になり過ぎて、お互いの為の仕込みやゴリ押しが目に余る、そこでやっていける人達にスター性が無い、というのは仕方が無いのかなと思うのです。
Posted by みけ at 2012年04月03日 20:58
うーん。そう考えるとスター性ってなんなんでしょう。
持って生まれたもの?
努力してできるもの?
時代?

これらすべてがいいタイミングでうまくブレンドされてスターが出来上がるのかなとも思いますけど・・・。

露出が少なすぎてもダメ、多すぎは論外ってかんじですけどねー。

>お互いの為の仕込みやゴリ押しが目に余る

ホントにね(^_^;)
ちょっと違うかもだけど、先日アメトークを見ていたら、芸人のためのルールを考えようってテーマで、『バーター(その番組に同じ事務所のタレントが出ていたら、抱き合わせで他のタレントなどが出させてもらえる状況のことらしい)は
バーターと分かるように表示してほしい』というのがあって、爆笑しながら見ていました。
バーターってのは自分の実力とかでその番組に出られているわけじゃないのに、いかにもな感じでそこに鎮座しているのがどうにも気に入らないらしいです。

でも、実際にはそうやって番組なりドラマ、映画が出来上がっているんだなあと思ったのを思い出しました。
Posted by うり at 2012年04月05日 07:32
スター性…。まず自分の確たる目標があって、それを実現する才覚、才能、そして野心、さらにそれが時代、大衆の求めているものと一致させられる能力、そして運…なのでしょうね。

マドンナは名声が欲しかったし、それを叶える努力も才能もあった。80年代からずっと世界のトップに君臨し続けているというのは、まさに神から与えられた才能(タレント)なのだと思う。個人的にはそんなにマドンナって好きではないのですが、それでも私は彼女のアルバムは殆ど聴いているし、そういう人が世界中にごまんといるから億単位で売っているのだ、と思います。

そんなマドンナのConfessions on a Dancefloorのライヴ映像も何となく見たけど、その存在感というか人をひきつける力は尋常ではない。あれを見た時に私はそのアルバムも聴いてなかったので曲の大半は初めてなのに、目が離せなかった。

カート・コバーンは厳しい家庭環境などなど、そして自らの傷つきやすさからの現実逃避として音楽を必要とした、という事も語っていました。でもその逃げ場所は世界的ヒットによって奪われてしまう。音楽家だから世界的に支持される事は嬉しいけれど、それはスターのエゴではないかと悩み、罪悪感も感じ続けた…。

自分は大嫌いな『スター・ピープル』になってしまったのか。自分が着ているただのボロボロの服までも「グランジ・ファッション」と呼ばれ、それを真似た物がハイ・ファッションとなり、スーパーモデルが着こなし、自分のささいな発言は社会現象を巻き起こし、新聞に載り、読者の投稿欄すらそれで埋まる…。「パラノイアになるよ」ともカートは語っていた。そして自死…。自分の死後、その死がどう扱われるかもきっとわかっていたんだろうなと思ったりも。

時代とか、世代の代弁者みたいになってしまうのは、本来重荷でしかないのでは?とも思う。でもそういう「スター」が人々の意識を変え、時代を作っていく側面がある。でもそのスターが生贄のように扱われ…。

>露出が少なすぎてもダメ、多すぎは論外

ですね。全く出なくてもコアなファンはずっと好きだけど、大衆はすぐに忘れるし、出過ぎると、またか、とかウザい、ってなるし実際そうですね。常に露出すれば顔や名前は覚えてもらえるけど、どう覚えられてるか、というのが重要では?と思うけど、日本の場合は芸能事務所とスポンサー、広告代理店、出版社などなどが癒着していて、そのやり方が時代にそぐわないのか、消費者と乖離していて、でもその癒着構造がある為に、消費者を無視したマーケティングやゴリ押しを続けるしかないような感じがします。

日本の賞レースも、自分で権威を落としましたよね。たくさんの人間を入れて、そこで利権を作り、ここの事務所とここの事務所所属の人に順番に取らせる、とか、あとは「○○の似合う芸能人は?」とかどうでもいい賞を数え切れないほど作って、その時売り出したい人を1位にする。だから新人がいきなり紅白に出たり、大手のCMやドラマ主役、有名雑誌の表紙になったりわざとらしくなって白ける。

グラミーやアカデミーなんかが、なぜ権威を失わないか、といえば、そうしたヤラセを一切認めずに、審査員は厳しいルールを課せられ、どこまで実力主義でやってるからですね。日本のような芸能事務所は存在しないし。

世界的な存在でなくとも、どの国にも国民的スターがいる。でも日本はそうでなくなった。こういう、ムラ的システムのせいではないでしょうか。
Posted by みけ at 2012年04月07日 15:47
露出の多い少ないも、マスコミのさじかげん的な要素も大きくて嫌ですね。
マスコミの方向性によっては、その人物、作品などもろもろのものは簡単に操作されてしまう。
だからこそ、私たち受け手は自分の判断をしないと・・・と思うわけです。

と言いながら、何かしよう、どこかへ行こうと
思ったら口コミサイトをチェックしてしまう日常(^_^;)

ある意味無限ループですねえ・・・。
Posted by うり at 2012年04月12日 14:12
芸能事務所がドラマのキャスティング権を持ってたり、そういういびつさが日本の業界にはあると思う。ワイドショーがわざと取り上げて人気者のように見せるとか。そういうのをおかしいと思う人が業界にいても逆らわない、逆らえば自分の仕事がなくなるだけだから、心にもない提灯記事を書いている。週刊誌の扱いも、赤西さんのでも、これまでヨイショ記事だったのがバッシング記事になっているし、そういうのが特に露骨なのが女性誌かなーと思います。

そして最近の女性誌ネタは小林幸子なのか。女性誌はドロドロの話が好きですよね(^_^;)。あと木嶋佳苗が相変わらず人気だけど、もしこの人が男に金を出させるテク みたいな本を出したらやはり売れるのだろうな…。

笑った見出しは女性セブンの、『ケミストリー活動休止の裏で 堂珍嘉邦、家でもソロ!!』  なんですか「家でもソロ」って。 内容は、妻が子供連れて家を出たというものみたいだけど…。一人暮らしはソロ活動なのか。
Posted by みけ at 2012年04月15日 18:34
小林幸子ネタは女性誌は放っておかないでしょうねー。
しかも、本人は何にも言ってないのにアレコレと
関係者らしい人からの話が出てきて、余計に収拾がつかなくなっちゃう
んですよねー(^_^;)

堂珍の記事もひどいなあ・・・。
何でもかんでもいらん世話をしてくる女性誌のそういうとこ、嫌いじゃないですけどね^^
Posted by うり at 2012年04月15日 23:56
女性誌のドロドロ感、覗き見趣味は見出し見るとつい笑ってしまうけど(^_^;)。あと裕福だった人が貧乏になって苦境にあえいでいるとかいうのが好きだし、難病の人とか変な取り上げ方してる感じがする。

小林幸子、TV含めて小林が悪い、という論調で大変ですが、つまり業界の力関係、元社長の人脈の方が小林よりずっと強いという事ですね。ほんとに潰されちゃうのか幸子。堅気の旦那が、衣装の値段とかに口出しなんかしたら、只では済まないでしょうね。おそろしいです…。
Posted by みけ at 2012年04月18日 21:38
見出しは私も大好きですからね♪
朝刊は、他の記事も見ますけどつい下の方の週刊誌の
見出しを探してしまいます。

女性誌の話題の需要はやっぱリサーチなのかなあ・・・。
今なら、韓流10%、ジャニーズ&イケメン俳優10%、余計なお世話ネタ10%、
感動ネタ5%、閑話休題的などうでもいい小ネタ10%、マンガ・小説5%、
占い・美容系広告50%というところでしょうか(苦笑)

小林幸子のあの大がかりな仕掛けの値段って高い安いが判断しにくい
ですよね(^_^;)
基準がないですから・・・。
高いと言えば高いし、そんなもんと言えばそんなもんだし・・・。
Posted by うり at 2012年04月19日 21:06
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